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休息と報告とⅠ

「うむ、目の色も良好。脈も正常なリズムに戻ってますな」


 俺の顔に手を当てて、じっと瞳をのぞきこんでいた薬屋のおじさんは、こくりとうなずいた。


「ただの疲労ということでしょう。体が若い分、回復も早いでしょうが、そうですな……今日一日はこの村でゆっくり休んでいきなさい」

「はぁ。ありがとうございます」


 ベッドの上で上体だけを起こしていた俺は、椅子から立ち上がった薬屋さんに礼を言った。


 薬屋さんか部屋から出て行ったあと、俺は短い息を吐く。とりあえず、ベッド脇の小テーブルに置かれた膳に手を伸ばすことにした。

 いわゆる麦がゆというやつだ。用意した薬屋さんが気を利かせたのか、緩いペーストのなかに葉や根といった薬味が混ざっている。


「疲労かぁ……」

「まぁ、そんなところだろうと思ってたわ」


 俺の嘆息を、あっけらかんとした声が吹き飛ばした。

 しゃくり、と音が聞こえた。見れば向こうのチェストの上で、妖精ウェンディがリンゴをかじっていた。

 紅く熟れた果実に舌鼓を打つ彼女のまわりには、イチジクや野イチゴ、干した野菜に蜂蜜の小瓶と、食べきれない食料であふれていた。食料以外には、きれいな花や木彫りの人形なんかが飾られている。


 その件については、あとで説明する。

 ひとまず、俺は目の前の麦がゆを匙で一杯すくって口に運んだ。


「…………」

「なによ、黙りこくっちゃって。あんまし食欲ないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 むしゃむしゃ食べるウェンディをよそに、俺は気怠げに匙をかきまわしていた。

 食欲がないわけじゃない。ただ、次から次へといろんな情報が頭に入ってくるために、少々気のほうも疲れているだけなのだ。


 俺は窓の外を眺めた。窓からはちょうど、サンガ村の中央広場がよく見える。


 広場に積み上げられていた雑貨類の山は、きれいに片付けられていた。今では、村人たちが挨拶を交わしながら行き交いしている。

 脇では井戸端会議か、何人かの女性が集まっている姿も見られたし、子どもたちも犬といっしょにちょろちょろ元気に走りまわっていた。


(こうして見ると、いたって平和な村なんだな……)


 サンガ村を襲った、恐ろしい石化の魔術。

 村人たちだけではない。盗賊フリックや妖精ウェンディまでもが、その毒牙にかかり、物言わぬ石像へと変えられてしまった。


 俺は今でも、はっきり思い出すことができる。あの禍々しい紅い小手の甲に、ギョロリと剥いた目玉を――!

 ……思い出して、背筋がツンと張った。嫌なイメージを追い払おうと、俺は頭をぶんぶんと振る。


「でも、まさか石化状態が……」


 恐れをごまかすように、俺はひとりごちた。


「時間経過だけで、自然に解けちまうとはなぁ」


 名をジオと言っていたか。あの、俺と泉の洞窟で相まみえたツノを頭に生やした男は。


「そういえば、あいつも……時が経てばどうこう言っていたな。永遠に石になるわけじゃない、って言いたかったのかも」


 俺はちらっと、ウェンディを見やった。


 冷たい石にされて、無情に地面へ転がった彼女は……今ではなんの問題もなさそうに元気にリンゴを片している。さっそく、次の木の実に手を伸ばしているあたり、前となにも変わらない。

 俺は気づかれないよう、また視線を窓に戻した。心配して、ちょっぴり損したような気分になったが、同時になにもなくてよかったとも安堵している。


 俺はいまだ、ツノの男ジオに突っかかった以降の記憶があやふやだ。

 そんな俺に、現在に至るまでの事の経緯や顛末をすべて説明してくれたのが、ここの家主――さっき、部屋にやってきた小太りの中年男性だ。


『このたびは、うちの息子が大変お世話になったようで――』


 という礼からはじまって、つらつらつらつら……と長い長いお話が展開されていった。

 その男は、俺がサンガ村で最初に出会った少年の父親だった。そして、なんとサンガ村の村長だという。


 村長はおしゃべりが好きなのか、よくまぁ舌のまわること。よく言えば丁寧に、悪く言えば自分に酔いしれて語られた長話の末――最後のほうは、俺もくたびれていた――これまでの経緯をまるっと知ることができたというわけだ。


「全然、食べてないじゃない」


 ふよふよ、ウェンディがこっちに飛んできた。

 ベッド脇にある小テーブルに彼女は腰掛けると、ほとんど量の減っていない麦がゆのお椀を見て、眉を寄せた。

 その手にはまだ食べ足りないのか、木の実のひと山をどっさり抱えていた。俺は思わず、ふっと笑って返した。


「おまえが元気よすぎるだけだよ。まだ少し、この状況に繊細な俺の頭が追いついていないんだ。それだけのことさ」


 最後に、覚えているのは――ウェンディが石になった瞬間だ。

 そこから先は、記憶が曖昧になっている。体力気力ともに限界がきていたせいだろう。なにか、あのツノの男と言葉を交わしたような気もしたが……おぼろげすぎて確証が持てない。


「俺が泉に向かった少しあとに――」


 村人たちの石化が解けたらしい。

 と、情報の復習もかねて、俺は村長の話を自分の口で繰り返した。


「一人、一人、順々にな。唯一、石にならなかったあの少年から事情を聞いて、村長さんや村の大人たちが洞窟へ来た時には……」

「知ってる。ノシュアちゃんが倒れていたんでしょ?」


 ウェンディが言葉をつけ足した。


「いったい、なにがあったのよ?」と彼女が俺の顔をのぞき込んで尋ねるも、俺は「わからない」と首を振った。

 ただ、気づかれないように、己の手をじっと凝視はしたが。


 ウェンディは、それ以上、特に追求してこなかった。代わりに、自身が持ってきた木の実を食べるよう俺に勧めてくる。


「なんでもいいから適当に口に入れて、さっさと体力を回復させちゃいなさいな」


 急き立てる妖精の、まったく変わり映えのない姿。急かしを煙たく思いつつも、俺はありがたく、その親切を受け取った。

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