集う者たちⅡ
「…………」
「……ッ!」
紫色の瞳が、じっとこちらを見つめている。
(これが、盗賊ガンスやサンガ村の少年が言っていた――)
頭にツノを生やした男。サンガ村の少年曰く、村人をみな石に変えてしまった恐ろしい元凶とのことだ。
年齢は二十歳ほどの成人で、背は俺よりも頭一つ分以上あるようだ。全身を黒いマントで覆っている。肩口で切りそろえた髪も黒色で、いまにも暗闇に溶け込んでしまいそうな見た目をしていた。
そして、なるほど。たしかに頭部の左右に、ツノのようなものを生やしている。ツノと聞いて、俺は鹿のような大きなツノを想像していたが、実際はもっと小さい。ちょうど、大人の握り拳大の大きさで、先端の尖りが前斜め下に向いている。
サンガ村の少年が、この男のことを『魔術師のようだ』と言っていた。まぁ、わからなくもない。黒づくめやツノといった異様な見た目と、静かすぎる雰囲気が妖しさを引き立てていた。
(本当に人を石に変えるのだろうか?)
見たところ武器はなにも持っていない。疑問に思ったが、やつの近くで石化している盗賊フリックがすべてを物語っていた。
「できれば、穏便にことを済ませたいんだけど……」
剣を構える俺に応えるように、男はマントを翻した。マントの内側の、全身黒服であった。
ただし一点だけ。左手に装着された小手の色だけは紅い――血に染めたような不気味な真紅色をしている。小手の爪先も鋭く尖り、怪物の腕を連想させるおぞましい造形をしていた。
「げっ……」
俺は思わず、うめいた。というのも、その紅い手の甲に当たる部分が……ぎょろりと見開いたからだ。
「な、なんなんだよ。それは……」
男の紅い小手の甲には、目玉がついていた。血走った目の中心にあるのは銀の瞳だ。どういった仕組みなのか、ぎょろぎょろと動いている。
サンガ村の少年も言っていた。男が人を石に変える際に、紅い腕の目玉がどうのこうのと……。
「なんだかわからないが、その悪趣味な小手がおまえの武器ってことらしいな」
「…………」
ツノの男はなにも言わない。とにかく俺は、その小手の動きに注意することにした。
「ウェンディは後ろに下がっていろ」
妖精に指示をして、俺は剣を構えたまま一歩距離を詰める。
「一応、確認する。おまえがサンガ村の人間を石に変えた張本人だな?」
今度の質問には、ツノの男もこくりと正直にうなずいた。
「俺はあの村に用事がある、ただのさすらいの冒険者だ」
「…………」
「俺がおまえの敵になるかどうかはわからない。が、ひとまず、おまえの目的を聞こうか」
「目的……」
「そうだ、目的だ」
どうして、村人を石に変えた? なにか恨みでもあるのか?
と、言葉を絞ってたずねた。本当はもっと目いっぱい聞きたいことはあったが、これは相手の出方を探ることも兼ねている。
ツノの男は考え込んでしまった。質問に答えることも、攻撃に入ることもなく頭を傾げている。
「ねぇねぇ」
「?」
ウェンディが横から、俺にたずねてきた。
「あんた、あいつと戦うつもりなの?」
彼女の問いに、俺は小声で「どうだろう」と答えた。
沈黙のさなか、俺の荒い呼吸が洞窟内に響きそうだった。正直、こっちはもう体力がないのだ。今の自分はほぼはったりで剣を構えているような状態でもある。
一番最善な手は、ウェンディとともに一旦この場から逃走することだ。警鐘を鳴らす俺の頭も、しきりにそればかりを訴えてくる。
「戦いを避けられるなら、避けたいけどな……。でも、せめて石にされた人達を……元に戻す方法だけは聞き出しておかないと……」
「そうね。じゃないと、サンガ村へ来た意味もないもんね」
サンガ村のモラという女性に会って、妖精の詩の秘密を知ること。それが本来の目的だ。
「ウェンディの体力はどうだ? 援護……頼めるか?」
「……いいけれど、あいつは――」
ウェンディがなにか渋く言いかけたところで、低い声が洞窟内に木霊した。
「少年よ、力を示せ」
ツノの男だ。長い沈黙の間を経て、ようやく絞り出した短い言葉を俺に向けた。
「……力って、やっぱり戦えってことか?」
剣の柄を握り直す。やはり、あまり力が入らない。せめて、俺は剣先が震えないよう、腹に力を込めた。
俺の返答に、ツノの男はこくりとうなずく。それから、いよいよ、あの凶器めいた紅い小手を俺とウェンディの前に突き出した。
「我が名はジオ。明け星の観測者なり」
ジオ。
それが、やつの名前らしい。