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集う者たちⅠ

「…………」


 なにが起きたのか、アタシにもさっぱりわからない。

 ただ一つ、はっきりしていることがある。アタシをビンに閉じ込めた、にっくき盗賊フリックが……物言わぬ石像になったことだ。


「ウ、ウソでしょ?」


 石になったフリックの表情は、恐怖で歪んでいる。両手を前にかざして、必死に抵抗しているポーズがまた生々しい。

 服も一緒くたに石化していて――ああ、これが少し前まで生きた人間であったと誰が信じてくれるだろう。


「本当に石になっちゃったんだ」


 アタシは、サンガ村の光景を思い出した。あの盗賊は村の石像を指さして『これが村人たちだ』と言っていたけれど、まさか嘘じゃなかったとは。


 アタシはいまだにビンのなかにいた。盗賊の石像に近づけない分、透明な壁にべったりおでこをくっつける。

 まじまじと眺めていると、キュポンと頭の上で音が鳴った。


「ん?」


 見上げると、天井を塞いでいた蓋がなくなっている。どうやら、ツノ人間が取ってくれたようだ。

 ツノ人間は洞窟の入口から、奥へと進む。泉の近くの岩場に、アタシの入っているビンをそっと置いてくれた。


 恐る恐る、アタシはビンから頭を出してみる。ツノ人間は少し離れた場所に腰を下ろしていた。


「これもちがう」


 ふぅ、とため息を吐く。終始、無表情のツノ人間であったが、どことなく気疲れしたような雰囲気を漂わせていた。


「ね、なにがちがうの?」

「…………」

 

 ビンの縁に身を乗り出し、アタシは思いきってたずねてみた。ツノ人間はちらっとだけこっちを見ただけで、また憂鬱そうにまぶたを半分閉じる。


(ていうか、こいつ。妖精(アタシ)を見て驚かないの?)


 これまで見てきた人間たちは、アタシの姿を見るなり驚いたり、大騒ぎしていた。だのに、こいつの反応は薄い。いや薄いを通り越して、まるで眼中にないようだ。


(もしかして、森の木こりのように妖精の姿が見えていないのかしら?)


 とも思ったけれど、アタシがためしに「おーい」と声を上げて手を振ってみたところ、ちゃんと向こうも顔を上げて少し手を振って返してくれたから視覚に問題はないようだ。


 人間とちがって、アタシを石にするつもりもないらしい。

 相手に敵意がないことに、アタシはほっと息をつく。ただ、こうも興味を持たれないというのは、ちょっと寂しい気もした。


「ちょっと。もう一回、こっち見て」


 うつむいていたツノ人間は、アタシの声に反応して再び顔を上げた。

 ビンに引っついたままの蓋を指さして、アタシは言う。


「この蓋、開けてくれて助かったわ。一応、お礼は言っておくわね」

「…………」

「でも、これからの返答によっては、あんたはアタシの敵になるかも。まず、最初に聞くけれど、サンガ村の人間を石に変えたのは、あんたの仕業でいいのよね?」


 アタシの問いに、ツノ人間はこくりとうなずく。思ったより素直に反応してくれるのは、ありがたかった。


 アタシはビンから出て、宙を飛んだ。体と羽をうんと伸ばしつつ、ツノ人間に近づいてみる。

 いつものように、ぐるぐるまわりを旋回して観察する。どことなく、ほかの人間にはない異様な雰囲気をまとっていることくらい、妖精のアタシでもわかった。


「あんた、何者なの?」


 人間よね?

 とたずねてみた。すると、少し間を置いてから、ツノ人間は小首を傾げる。


「あのね、アタシに首を傾げられても……」


 煮え切らない反応に、だんだんと焦れったさを感じた。

 あいつのこともある。とりあえず洞窟の外に出ようか、とも考えた。しかし、このツノ人間を放ったままでよいのだろうか。


 二つの選択肢にアタシが考えあぐねていると、急にすくっとツノ人間が立ち上がる。


「わっ。ちょっと、どうしたのよ」

「ようやく……」

 

 紫の瞳は、まっすぐ洞窟の入口へと向けられていた。暗かった瞳に、心持ち生気が宿ったような気がする。


 アタシも一緒に、洞窟の入口へ目を向けた。

 暗がりが一段と濃くなっている外を見て、不意にアタシも背中の羽をピンと立てた。


 なにか、物音が聞こえてくる。ザッザッ、と……これは足音だ。

 来る、誰からこっちにやって来る――。


 そして、入口に人影が現れた。日没後の暗がりのなか、かろうじて目でたどった現れた黒い輪郭に……あっ、とアタシは口を半分開ける

 暗がりにかすかに浮き立つ、銀色の髪が大きく揺れた。


「ウェンディ!」


 すっかり耳慣れてしまった声が、洞窟のなかに響き渡った。



 * * *



 ビュウンッ!

 いの一番に、勢いよく風を切る音が耳に入った。


 その次に俺の目の前に、ライム色の光が飛び込んだ。いつもは淡く照る光もこの時ばかりは強く瞬き、暗がりを取り払う。


「ウェンディ!」


 光のなかに見えた小さな少女の姿に、俺の表情もぱっと明るくなった。反面、当人は口をへの字に曲げて、頬をぱんぱんに膨らませて怒っている。


「おっそい! このお馬鹿ッ!」


 元気な罵声が、洞窟のなかに響いた。

 ぶれることのない妖精の気性が懐かしい。俺も再会の喜びなんて後回しにして、負けじと言い返してやった。


「おいおい、お馬鹿って言うことはないだろう? こっちだって必死で追いかけてきたんだぜ?」


 あいからず、可愛げのない奴。

 と、舌先を出して挑発すると、ウェンディはぴしゃりと「お黙んなさい」と言った。


「ほーら見なさいよ。あんたの手助けなんてなくたって、アタシはこのとおり自分で解決しちゃったわ」


 ウェンディは得意気に笑う。調子に乗って、その場でくるくると体を回転させた。


「むしろ、アタシはあんたのほうが心配だったわよ」

「俺を?」

「うん。いろいろ苦戦してたんでしょ?」


 たしかに着ている服は土で汚れまくっているし、顔や手にもいくつか擦り傷ができた。ごまかすように俺がにらみつけると、ウェンディはしたり顔でくすくす笑う。


「やっぱりね。なによ、武器なんて持っていようが、結局のところアタシのほうが強いってことじゃない」

「剣を見てビビってたくせに。あーあ、やっぱりさっきのこと謝るのやめようかなー」

「ふんッ。ビビってないわよ、馬鹿」

「盗賊に捕まって、てっきりベソかいてるのかと思ってた」

「うっさいわね! あんたのほうだって、声がふん詰まってるじゃない」

「だから、馬鹿って言うなっての!」

「何度でも言ってやる! バカバカバカッ!」


 ふん、とお互いそっぽを向いた。

 そのまま顔をしかめていれば……まぁ、ちょっとくらいはかっこついたのに。やっぱり、体力がきつくて俺はふらりとよろけた。


「ちょ、ちょっと……」


 くるっとまわり込んで、ウェンディが俺の顔を覗く。心配そうな眼差しに、ふと目をそらした。


「ま、なんだ。無事でよかったよ」


 へらりと笑ってみせて、俺は気合いで体勢を整えた。息をつくなか、剣に手を伸ばし――黒ずくめの、頭にツノを生やした男と対峙する。

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