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泉湧く洞窟にてⅡ

「元より、なにもしないで待っているなんて……このウェンディ様の性分じゃないのよ」


 ちらり、横目で盗賊の動きを確認する。フリックはまだ、あたふたと洞窟の壁に張り付いたままで、アタシのいるビンなど目もくれていない。

 よし、逃げるなら今がチャンスだ。


「ちょっくら、あいつを助けにいってやりますか」


 洞窟の暗がりに、淡いライム色の光が灯る。

 両手をまっすぐ上げて天井の蓋を支えたまま、アタシは器用に羽を小刻みに動かした。


「ふんぬーッ!」


 こうなれば気合いだ。閉じ込められているビンごと、無理にでも飛んでいってやる。

 最初こそ、ビンは微動だにしなかった。しかし、諦めずに羽を動かし続けることで、徐々にビンの底が地面から離れていく。


「さ、さすがに、ちょっと重い……」


 宙に浮かんだはよいものの、バランスが上手く取れない。重さに耐えるのが精いっぱいで、ふらふらと左に右にとよろけてしまう。

 おまけに洞窟の外に出るには、ごつごつした岩場の段差が邪魔になった。もっと高く飛ばなくては、と呼吸を整えて、全身のエネルギーを背中に集中させる。


 もっと高く飛んで、飛んで――。


 まぶたをぎゅっと閉じて、天井の蓋をぐっと持ち上げる。いまだかつてない馬鹿力に、腕も、頭も、羽も、気持ちも……全部が燃えるように熱くなった。


「待っていなさいよ、ノ――」


 かの人間の名前をつぶやき、薄く目を開けた──瞬間だった。


「……あれ?」


 目の前にあった、洞窟の入口が消えている。

 光も影もない、ただ真っ黒な色が目に映った。


(え、なに? もう夜だっけ?) 


 さっきまでは、まだ明るかったような……。

 と、薄目でまばたきをしていると、背中越しに盗賊の悲鳴が聞こえた。


「ひ、ひぃッ! こっちに来るなぁ!」


 その言葉で、アタシは目の前になにかが立ち塞がっていることに気づいた。

 そして、その正体も。


「…………」


 天井を支えながら、恐る恐る顔を上げる。

 透明の壁の向こう、黒色の視界の中でたった一つだけ色の違うもの──こちらを見下ろす紫色の瞳と視線がぶつかった。


「あー……来ちゃったのね……」


 アタシは思わずうめいた。

 真っ黒な服を着た、例の、ツノを頭に生やした人間だ。逃げる盗賊を追いかけて、とうとうこの洞窟までたどり着いてしまったか。


「!」


 がくん。と突然、アタシの体が傾く。

 やばい。驚いた拍子に、つい羽の動きを弱めてしまったらしい。まっすぐ蓋を支えていた腕に、ぐっと重さがのしかかり――。


「む……もう、無理……!」


 重さに耐え切れず、アタシの体からふっと力が抜けた。


(げ、落ちる!)


 そのままビンごと、アタシは地面へ落下する。

 地面に叩きつけられる衝撃に備えて、目をつむり、全身をぎゅっと縮込ませた――が。


「キャッ!」


 落下は短かった。ついでに、衝撃も思った以上に柔らかかった。

 ふべっ、と透明な壁にべったり顔と手をついてぶつかる。ちょっと情けない格好でこけただけで、不思議と大きなダメージにはならなかった。


 理由は、すぐにわかった。

 ビンの中でよろよろ身を起こすと、透明な壁に大きな手が見えたからだ。


「んー?」


 真っ黒い手袋をつけた手が、ビンをつかんでいる。どうやらツノ人間が、地面に落ちる前にキャッチしてくれたらしい。

 怪しい人間にしては、殊勝(しゅしょう)な心がけだ。アタシがツノ人間をまじまじ見上げていると、彼はまっすぐ盗賊の方へ顔を向けていた。


「俺様は石になんざなんねーぞッ! こなくそがッ!」


 汚い声に、アタシもくるりと振り返った。

 瞬間、盗賊はこっちに向かってギラリと光る短い剣を投げた。


「危ないッ!」

「…………」

 

 アタシが叫んでも、ツノ人間はその場を避けない。彼はビンを片手で抱えたまま、もう片方の腕を正面に突き出した。


 今まで、黒いマントの内側に隠れていたから気づかなかったが……ツノ人間の左手は紅くて、ギラギラしたなにかをつけていた。人間のことはまだよくわからないから説明できないけど、それは今までで見た中で一番奇妙で異様な装備であった。


(な、なによ、あれ……)


 とりわけ、手の甲に当たる部分。

 ギョロリと動く、銀色の目玉がついていた。


「ぐっ、くそぅ……」


 紅い手は、フリックの投げた短い剣をつかんだ。手の中でひん曲がる武器に、盗賊はへなへなと腰を抜かした。


「この泥棒めが……そいつは大事なブツなんだ、返しやがれ……」

「こらぁ、どっちが泥棒よ!」


 戦意を失くしてもなお、勝手なことをぼやく盗賊フリック。憤慨して言い返すアタシをよそに、ツノ人間はつかつかと盗賊に近寄った。

 フリックの顔はより真っ青になる。逃げ出そうと、洞窟の壁に張り付くも出口はないのだ。あるのは暗がりと、きれいな湧水だけ。

 

「……力を示せ」


 ここでようやく、ツノ人間が言葉を発した。

 洞窟内に響かない、低く静かな声だ。そして紅い手を突き出したまま、彼はまた一歩、盗賊に詰め寄る。


(ちから?)


 疑問に眉を寄せたアタシが盗賊に視線を向けるも、奴はブルブルと震えるだけでなにも答えない。

 ツノ人間が小さく息を吐いた。それから、前へ突き出した手をくるっと反転させる。


 目玉のある甲の部分が……盗賊フリックへと向けられた。


「!」


 盗賊の絶叫が、洞窟いっぱいに響き渡る。泉の水面も大きく揺れて、ビンの中のアタシも耳を塞ぐと――次の瞬間、辺りは白い閃光に包まれた。

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