ガンスの警告
「ま、まいっただよ」
「…………」
投げつけた短剣は、ガンスの縦笛に見事命中した。
上半身を折り、短剣を投げたポーズのままの俺は、ガンスの一言で戦いの終わりを察した。
俺はゆっくり身体を起こす。見れば、さっきまで襲いかかってきたモンスター達はすっかり大人しくなっていた。
鉄球もどきこと、ヘビィ・キューラット。三匹とも四つ足形態に戻って、のんきに草木の匂いをスンスン嗅いでいる。
それを見て、俺はへっと笑った。
しかし、同時にがくっと膝から崩れ落ちる。
「思った以上に、手こずったな……」
身体のあちこちが、ダメージに悲鳴を上げている。
無理もない。小型モンスターとはいえ、重量のあるボールが次々に弾んで殴打してくるのだ。その青黒く硬い皮膚にショートソードは刺さらないし、一方的に防戦を強いられるはめになった。
(たまたま俺の足が、あの短剣を踏んだのは幸運だった)
盗賊がフリックが落とした、対の短剣の片割れである。
隙を見て短剣を拾い、俺は賭けに出た。モンスターを誘導しているガンスの笛さえ壊してしまえば、ヘビィ・キューラットどもの攻撃は止むかもしれないと。
狙いは二つの意味で見事的中した、というわけだ。
「ははっ……」
ふらつく身体を、俺は地面に突き刺していた剣の柄を握って支える。無理矢理立ち上がって、それから向こうでオドオドしている盗賊ガンスのほうへ、ゆっくり歩いていった。
「ひぃッ!」
情けない悲鳴が上がる。
縦笛が壊れてしまったのだ、もうモンスターを操れない。今度は当人が襲いかかってくる番かと、一応は警戒していたが――やっぱりガンスは元より戦闘に不向きなのだろう。すっかり戦意を喪失して、巨体を縮こませている。
そんな太った盗賊を、俺は横目で睨みつけるだけに留めた。これ以上、相手にしている暇はないのだ。俺はガンスの脇を通り抜けて、サンガ村への道を急ぐことにした。
いつの間にか、辺りに西日が差している。時刻はこれから、三日目の夕方を迎えようとしていた。
(ウェンディ……)
ダメージを堪えて、また一歩足を進める。きっとあいつの光球なら、盗賊のモンスターなんて敵じゃなかったのかもしれないな。己の力不足を、妙にせせら笑いたくなった。
ぎゅっと握りしめた手。その手の中の硬い感触に、俺はまだ剣をしまってなかったことに気づいた。
「…………」
でも、いまの自分にはこれくらいの力しか残っていないのだ。
誰かを護るというならば、なおのこと。
(ともかく、俺がいますべきことは……)
盗賊を追いかけて、捕まった妖精を助けることだ。
「ちょ、ちょっと待つんだな!」
背中から、野太い大声が響いた。あまりの声量に空気がビリビリ震えて、空から色づいた葉っぱがはらはら落ちてきた。
「なんだよ」
俺は振り返って、ガンスの顔を鋭く睨んだ。
「こっちは急いでいるんだ。モンスターなしでも戦おうってなら……いいぜ、相手にしてや――」
「き、君! その先は、サンガ村だでよ!」
わたわたと、太い腕を振りながらガンスは言った。その青ざめた顔と切羽詰まった様子を見るに、戦意を向けているわけではなさそうだ。
俺はひとまず剣を腰に収め、ガンスの話を訊くことにした。
「知っているよ。村はここから、もう近いのか?」
「もう少しだけ歩いたとこにな。で、でも……行かないねぇほうがいい」
「なんで?」
「おいらと兄貴はな、あの村から逃げて来たんだ……」
逃げてきた?
ガンスの妙な言葉に、俺は目をぱちくりさせた。
「おいら達、このモンスターを使ってあの村を襲うつもりだったんだ……あっ、襲うっても、ただその……驚かせて金目の物を頂こうとだけ……」
「ふぅん。それで強盗に失敗して逃げてきたと?」
「ち、ちがう! おいら達が着いた頃にゃ――サンガ村はとっくに襲撃を受けてたんだッ!」
「!」
驚きの言葉に、俺はさっと道の先、サンガ村のある方角の空を見上げてみた。山林の木々の合間から見える空に、煙が上がっている様子はなかった。
「火の手は上がってないようだな。襲撃って、モンスターとか?」
「いんや、モンスターでねぇ」
「にわかに信じがたいな……。だって、俺は平野からまっすぐこの山道をたどってきたが、おまえら以外の人間と出くわしちゃいないぜ?」
本当に、村がひどい目に遭ってるんなら、逃げてきた村人の一人か二人くらいいるだろう。
と、俺が突き詰めれば、ガンスは「それが……」と言葉を濁して、両手で頭を抱え込んだ。
ブルブルと怯えているようにも見える様子から、嘘とは判断しにくい。けれど、これ以上時間をかけるわけにもいかないため、俺は踵を返すことにした。
「きっと話しても信じてもらえねぇよ……おいらだって、あんなのははじめてだ……」
とんでもねぇことになっている。
と、ガンスはひとりぶつくさ、つぶやいた。
「行けば、わかるでよ……」
「そうさせてもらうよ」
俺はそれだけ言って、サンガ村へと続く道を進みはじめた。
最後にぽつりと、ガンスは言った。「ツノ野郎には気をつけろよ」と。
(ツノ野郎……?)
いったいサンガ村に、なにが起こったというのか。
嫌な胸騒ぎに、できるだけの速さで俺は道を急いだ。