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VS盗賊コンビⅢ

「お、おい……」

「なに!?」


 差し込まれた第三の声に、俺とウェンディは声を揃えて噛みついた。皮肉にも、俺達の口論を一旦中断に追いやったのは、目の前で腰を落としている例の盗賊であった。


「なっ、ななな――なんなんだよぉ、その羽虫はッ!」


 あ、しまった。

 俺はすっかり、この盗賊フリックの存在を忘れていた。

 大きくひん剥かれた奴の目玉は、俺のとなりでペカペカ光る妖精に向けられている。


「ちょい待ち! 虫とはなによ、虫とはッ!」


 頬を膨らませて、ウェンディは盗賊の眼前へ飛んでいく。

 俺は未だフリックに剣先を向けたままで、不用意に間合いに入る彼女を制する手を伸ばせなかった。

 

「ちっ。ウェンディ、下がれ!」


 苛立ちのままに舌打ちして、俺はウェンディに警告する。しかし、俺の声なんて耳にも入っていないのか、彼女は背を向けたまま小さな指を盗賊に突きつけた。


「アタシは妖精、それ以上でも以下でもないわ! ほんっと失礼な人間ね!」

「しゃ、喋る虫たぁ、こいつは珍しいぜ……」

「だーかーら、妖精って言っているでしょ! まったく人間ってのは、ちょっと身体が大きいからって偉そうに……!」


 あんた達なんか――。

 と、両腕をさっと上げようとしたウェンディを見て、俺はすっと大きく息を吸い込んだ。


「いいッ加減にしろッ!!」

「!」


 妖精の脳天めがけて、一喝した。

 腹から吐き出した大声は、充分な迫力になった。小さな身体なら、なおさらに。


 びくり。ウェンディは手を止めた。制止が成功して、俺はふっと息を吐く。いいから、早く後ろに下がってくれ――と、後はそう促すだけでよかった。


「…………」


 くるりと、ウェンディが俺のほうへ振り向く。

 それにしても……ショートソードとはいえ、ずっと構えて持っているのは辛い。鉄の重さに上半身がふらつかないよう、俺は剣の柄をぎりりっと強く握りしめた。


「!」

 

 息をのむ声が、はっきり耳に聞こえた。


 その直後、彼女の視線と俺の目がぶつかる。小さな妖精は少し顔を上げて、俺のことを見ている――その表情に、俺は怪訝に思って自身の眉を寄せた。


(……なにを、そんなに)


 驚いているんだろう、こいつ。

 くりんと、ウェンディの瞳が真横に動いた。その瞳の先にあったのは――俺が盗賊に突きつけている刃である。

 ぎらりと光る刃の手前から奥へ、彼女の見開いた目が移動する。やがて目線は、柄とそれを握る俺の手に向けられ……最終的に俺の顔へたどり着いた。


「あ……」


 声が出たのは、俺のほうだった。

 揺らぐ深緑の視線を受け止めて、その向けられた感情の意味をようやく悟ったからである。

 

 図らずとも、振り返った妖精の目には、かの呪いの剣と形が似ている十字を突きつける人間の姿が映ったのだろう。

 あれだけ永い時の間、妖精族が恐れた剣を――構える俺の姿は、かつての怨敵と重なったか。少なくとも彼女の四枚の羽はぴんと伸びて、青ざめた表情が嫌でも伝わってきた。


 俺も、ウェンディも……それで気後れしてしまったのだ。

 その隙を突かれて、彼女の後ろで盗賊の魔の手が動いたことに、まるで注意がいかなかった。


「――ダァハハハッ!」


 それは一瞬のことだった。

 フリックの高笑いで、俺の身体に電流が走った。

 同時に悲鳴も上がる。肌がぶわりと逆立つ頃には、妖精ウェンディは盗賊の手のなかに囚われていた。


「ちょっと、なにすんの! 離してッ!」

「ウェンディ!」

「おおっと、動くんじゃねぇ!」


 嘲笑う盗賊に、もがく妖精。

 下ろした盗賊の手は、妖精を背後からがっちり掴んでいた。


 俺は刃を突きつけ、鋭く睨みつけるも、フリックから余裕の笑みが消えることはない。「おいおい、こいつが見えないのかよ」と、奴は掴んだウェンディを見せつけた。


「やりたきゃ、その剣でひと思いに俺様をぶっ刺せばいいさ。……だが、その前にこっちのチビ助が握り潰されるぜ?」

「痛いってば! 離せ、このッ!」


 身丈二十センチ程度の妖精が暴れたとて、その力はたかが知れている。おまけに小さな両手がまとめて盗賊の手に拘束されているから、お得意の光の球(ブライトボール)も撃てやしない。


「くそッ……!」


 仕方がなかった。

 俺は剣を構えたまま後ろ向きに下がって、フリックと距離を空ける。充分に離れたところで、奴はにやりと笑って短剣を拾い――妖精を掴んだまま逃げた。


「あっ、おまえッ!」

「バーカ、素直な坊やで助かったぜ。別に引き下がったら離してやるなんて約束はしてねーよ!」


 憎ったらしげに舌を出すフリック。そして、奴は駆け足で、相方の盗賊ガンスがいる荷車の場所まで戻っていった。


 ガンスは未だ荷車の前で、のたのたと動いている。フリックが戻ってくるやいなや、タイミングよく振り返って朗らかな――脳天気とも言える顔を見せる。


 一つだけ違うのは、その手には縦笛のような楽器が握られていた。


「ふぅ、ようやく準備が終わったよぉ、兄貴」

「どあほ、遅過ぎんだよ! だが、まぁいい……おいガンス、てめぇはあのガキのお相手をしてやんな!」


 フリックはガンスを怒鳴った後、荷車から大きな麻の袋を引っ張り出した。そして、ウェンディを掴んだまま、奴はひとり、道の先を進もうとする。


「俺は先にサンガ村に戻って、一仕事してくるわ」


 まぁ、もっとも。

 と、フリックは暴れるウェンディを見下ろして、不敵に笑った。


「珍しいもんを捕まえたんだ。ボスへの献上は、こいつだけでも充分かもしれんがな!」

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