表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/141

古い道をたどってⅠ

 平野を越えて、なだらかな大地の起伏に揺られること――およそ小時間。


「よし、到着だ!」


 荷馬車はゆるゆるとスピードを落として、馬のいななきを合図に停車した。

 荷車に乗っていた俺は、ささっと地面へ降り立つ。荷物を下ろして支度を整えると、運転席のほうへ軽く頭を下げた。


「ありがとう。おかげで助かりました」

「いいってことさ。かみさんの頼みとあっちゃ、俺も力を貸さないわけにはいかんからな」


 気さくに笑うのは、昨日と同じく、俺をムコー村へ運んでくれたあの馬屋の親父さんである。

 朝、酒場を出発した後、俺はもう一度村の道具屋へ立ち寄った。道具屋のおかみさんに、サンガの村についてなにか話が聞けないかと思っていたら――。


『サンガへ行くのかい? だったら、お願いしたいことがあるんだけど……』


 と、ジャムや瓶詰めの入った籠と一通の手紙を受け取った。なんでも、サンガにはおかみさんの姉妹が住んでいるらしく、久しく連絡を取っていないため、ぜひ届けて欲しいと頼まれた。

 頼まれごとを引き受ける代わりに、馬屋の親父さんに道の途中まで運んでもらったというわけだ。


「おかみさんにも、よろしく言っておいてください」


 必ず届けますから。

 と、手紙を見せて俺は微笑み返した。

 すると、親父さんは急に心配そうな顔を見せて、ざりざりと顎の無精髭を撫でた。


「本当に、君ひとりだけで大丈夫か? ……んー、とは言っても……俺も馬車のことを考えると、案内できるのはここまでだからなぁ」


 親父さんは顔を横へ向けた。俺もならって、その方向へ視線を投げる。

 目の前には、山林が広がっていた。山岳地にあるサンガの村へ行くには、山裾に広がる林を通り抜けて行かなくてはいけないのだ。


(妖精がいた森よりかは、鬱蒼としていないが……)


 林の入口に木の看板があった。雨風に晒されたせいで木彫りの文字は痛んでいたが、かろうじて『サンガ村の入口』と読める。木の板自体が大きく傾いているところが、また寂れた哀愁を誘う


 林のなかを、トンネルのように切り開かれた道――地面には、古い煉瓦が敷かれているのが見えた。道はゆるやかな傾斜で、山の奥へと続いている。


「まぁ、見ての通り。道はあることには、あるんだがなぁ……」


 肩をすくめる親父さんは話を続ける。


「昔と比べて商人の行き来が減ったせいか、盗賊やモンスターが出ているらしい。充分に気をつけて進むんだぞ」


 と、俺に助言を残した後、親父さんは再びたずなを振った。荷馬車の馬がゆっくりと歩き出す。俺はもう一度、謝礼の言葉を述べると、去りゆく馬屋の親父さんに手を振って見送った。

 その姿が豆粒ほどになり、丘陵(きゅうりょう)の影に隠れたところで、俺は自身が着ている外套のフードに顔を振り向かせた。


「もう、出てきても大丈夫だぞ」


 フードに隠れている妖精ウェンディに声をかけた。しかし、彼女は顔を出すどころか、返事すら返さない。

 はぁ、と俺は嘆息を漏らした。じつは、さっきからずっとこの調子なのである。酒場を後にしてからずーっと――むくれているのだ。


「おいってば」


 肩を揺すってみても、妖精は出てこない。ただ「アタシは信じない」とだけ、ぶつぶつつぶやいている


(酒場のおばあさんの詩を聴いてから、こうだ)


 仕方なしに、ウェンディをフードに入れたまま、俺は荷物をもって歩き始めた。

 林のなかへと、目指すはサンガ村である。


「…………」


 ザッザッ、聞こえるのは俺の靴音。それと風に吹かれた草木のそよめきくらいだろうか。たまに鳥の鳴き声が響くだけで、山林の道中はとても静かだった。

 まるで、また一人旅に戻ったかのように。


「戦おう……我ら互いに、手取り合い……闇を払えよ、妖精の騎士……」

 

 道に慣れたところで、例の詩口ちずさむ。

 荷馬車に揺られた時に、手帳を何度もも読み返したのでそらで言えるようになった。もっとも、メロディまでは記憶していないため、淡々と読むだけであったが。


「剣を掲げよ、妖精の騎士……誓い合う……ヒトと妖精 いつまでも……たがいのきず――」

「やめてってば!」

 

 目の前を、淡いライム色の光が遮る。光のなかで、ウェンディはむくれた顔でこっちを睨んでいた。


「……妖精の女王の話だと、妖精と人間は争い合う仲だったらしいな」

「そうよ。だから、デタラメもいいとこよ、こんな詩!」

 

 いつになく彼女は強い口調だった。でも、その深緑の瞳に混乱の色が混ざっていたのは言うまでもない。


「おばあさんの詩では争うどころか、一緒に戦っていた間柄のようだったけれど」

「…………」

 

 宙で止まるウェンディを避けて、俺は再び歩みはじめる。


 古い街道だけあって、山道に敷き詰められた煉瓦はぼろぼろになっていた。そのほとんどが砕けて、隙間からは雑草がまっすぐに背を伸ばす。

 割れ目につまづきそうだったので、俺は脇の土道を歩いた。たしかに、廃れた道だ。しかし、まったく使われてないわけじゃないらしく、適度に人の足で踏みならされた感はある。


 現在、正午近くだろうか。キラキラと道に落ちる、木漏れ日のきらめきを目で追っていると――影の合間にライム色の光がちらついているのが見えた。


 視界の端で、妖精がちゃんとついてきているのがわかった。

 周囲の敵の出現を警戒しつつ、俺はさりげなく雑談を再開した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ