???
私は、ただそこに突っ立っていた。
「…………」
時折、瞬きはするものの、地上に降り注ぐ光はそれほどまぶしくない。季節柄、日の光が強くないということもあるが、周囲の木々が光をやわらげてくれるおかげだろう。
地面に目を落とせば、キラキラと木漏れ日が踊っていた。
「…………」
はて、この地に降り立ってから──どのくらい時間が経過したことだろう。
私は目を細めて、頭のなかで数えてみる。うむ、片手の指で収まる日数であったはず。
私と共に降り立った連れは、こう言っていた。
『ここで待っていれば、必ずや逢えるでしょう』
──と。
「…………?」
なのに、かの人物は一向に姿を現さない。
私は大きく首を傾げた。すると身じろいだ拍子に、自分の頭からバサバサとなにかが飛び立つ。羽音を追うように頭上を見上げれば、木の枝に留まる一羽の小鳥の姿が目に入った。
「…………!」
いつの間に……。
不愉快気に、私はいっそう目を細める。どうやら頭の左右にあるアレに、留まっていたらしい。
右手を伸ばして、片方を押さえた。鉱物のように固く、先が尖った感触を念入りに確認する。
「…………」
鳥の爪に傷をつけられたかどうかはわからない。だが、とりあえず欠けたような触感はなかったため、私は安堵の息をついた。
「ふぅ……」
さて――と、私は本題へ戻る。
自分がいまいる場所を、改めて確認した。
さる村の外れにある弔い堂の建物の裏手に、私はいる。顔をまっすぐに上げれば、遠くにくすんだ茶色の煉瓦――お堂の裏側が見えた。
死者を弔う場所は、決まって集落の外れと位置が定められているものだ。山岳地の村とあって、民家はもう少し高台のほうにあり、こちらの場所は山の裾に広がる山林にかぶっている。
拓けた面積は小さく、お堂の見える正面以外は山の斜面に囲まれていた。
「…………」
ここで待っていれば……彼女の言葉を疑うわけではない。しかし、さすがにずっと立ちっぱなしというのは、くたびれるものだ。
ちらり。視界の端に映った、一枚板の石に視線を向けた。高さといい、腰掛けにちょうどよさそうな石である。
(しかし、さすがに……ぞんざいに扱うわけにはいかない)
何故なら、あれは墓石だからだ。
その意味は、自分もよく知っている。
弔い堂の裏手は、墓場がつくられていた。小さな集落の墓場のため、それほど墓の数はない。墓石も大小様々、なかにはただ石が積まれているだけの墓もある。
「…………」
私は、なんとなしに周囲を──墓場を見渡した。
きちんと参られているらしい。雑草に荒れた様子もなく、花も供えられている。ただ、花は時間が経っているのか、鮮やかなオレンジ色がしおれていた。
この辺りで咲いている花なのか。そのまま退屈しのぎに、私は目に見えるものすべての名を確認してみた。
墓石、置かれた花、彫られた文字、木の桶、木の柵、小石の山──長剣、鈍色の鎧、それらを携えた人間……。
「お、おい。そこのおまえ、いったいなにをしている?」
「…………」
震える声で、その鎧を着込んだ男が訊ねた。
小太りの壮年の男であった。その後ろには祭祀の麻のローブを纏う、痩せ細った老人がブルブルと震えている。
「こ、こいつですよ。村長さん!」
ローブの老人が、こちらを指差して言う。
「ちょっと前から、ずーっと墓場に突っ立っている怪しい男っていうのは……」
「ぬぅ、たしかに。見るからに怪しい格好をしおって……」
村長と呼ばれた鎧の男は、私を睨みつけると持っていた剣の切っ先を前へ突き出した。厳めしい顔をつくる反面で、姿勢はやや及び腰であったが。
「…………」
ようやく来たか。
──と、ほんの一瞬だけ思った。
というのも、かの人物にしてはどうにもこう……オーラに欠けるような気がすると、私の直感が囁くのである。
「わ、わしがこの──サンガ村の村長だッ!」
「…………」
「もう一度、訊くぞ。おまえはいったい何者なのだッ! 何用で、我がサンガ村に──」
「…………」
「お、おいッ! 返事くらいしたら、どうなのだッ!」
鎧の男は憤慨して、地団駄を踏んでいる。
脇にいたローブの老人が「やっぱり、ムコーに行って駐在している役人を呼んできましょうかね?」と耳打ちすれば、よりいっそう彼は声を荒げた。
「なーにをバカなことを言っている! 余所の力を借りんでも、わしの力があれば充分だ」
「で、ですが……」
「ここだけの秘密だが……わしの先祖は代々、強い騎士の家系でな? ほれ、どうだ。いま着ている鎧だって、大昔に先祖が手柄を立てた時に偉い人から褒美にもらって──」
その話、村人は耳にタコができるほど聞かされましたよ。
と、ローブの老人はうんざりした様子で、ため息を吐いた。
「見栄はけっこう。それよりも、あの男……人間じゃないかもしれませんよ」
「ん、それはどういうことだ?」
きょとんとする鎧の男に、ローブの老人はふたたび私のほうを指差す。今度は、指先が若干上向きに伸びていた。
「あの……角ですよ」
私も指につられて、上目を向ける。もっとも、それで自分の頭が見えるわけではないのだが。
考えが反れてしまった。
ぶつぶつと話し合う二人の人間を改めて眺めて、ふむと思う。何度見ても……やっぱり当てが外れているような感が強い。
(一足先にこの場を離れていった彼女は、ほかになんて言っていたか……)
たしかに、ここで待っていればよいとだけ……だから待っている。かれこれ、数日も。
(よくよく思えば、容姿を訊くのを忘れてしまった……)
相手がどんな格好をしているのか。ほかにどう判断すればよいのだろうかを、いまさらになって私は考えた。
とりあえず──。
「むぅ! なんだッ!」
「!」
強い風が正面から吹いて、私の漆黒のマントが膨らんだ。さらさらと短く切りそろえた髪が揺れたが──それはどうでもいい。
風にマントを翻したまま、私は左手を突き出した。
「な、なんだあれは……」
「ひぃ! なんて禍々しい……」
とりあえず──力を見定めてみよう。
もしも、かの人であるならば持っているはず。
二人の人間は、私の突き出した左手を凝視している。
血のように紅いガンレット──肘の丈までを覆うソレは非常に凝った装飾が施されている。全体を生き物の血管のような歪な筋が走り、鋭い黒の爪先は凶器のようだ。
だが、二人の目はいっそう大きく見開かれたのは、その手をくるりと反転させて、甲を見せた時であった。ざっと、血の気が失せる音まで聞こえてきそうであった。
ギョロリ。血走った眼球が動いた。
手の甲に埋め込まれた眼玉が彼らを捉えた途端、村長と呼ばれていた鎧の男は剣を落として、ローブの老人といっしょに身を翻そうとしていた。
しかし、運が悪かった。彼らが振り返る手前には、すでに私の呪文は終わっていたのだから。
紅いガンレットの、その銀色の瞳が煌めいた。
「…………」
物言わぬ二人の人間を眺めて、私はふたたび考えた。
(……このやり方では、時間がかかる)
しかし、もう待つことには飽きていた。仕方なしに、片っ端から出会う人間一人一人を確認していくことにしよう。
漆黒のマントを翻し、私は墓場を後に歩きはじめた。