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モーニングサービスⅠ

「さっ、いつまでもここでうだうだお喋りしていても仕方がないわ。さっさと出発しましょう」


 俺の肩から飛び立ったウェンディは、ドアの方へと移動して俺を急かした。


「アタシ達のやることは、呪いの剣とやらを突き刺した人間の血筋を探すこと。もしかしたら、このムコー村のなかに怪しい奴がいるかもしれないわ」


 やる気満々の彼女に、俺は冷静に「それはどうかな」と肩をすくめた。


「どっからどう見ても、平凡な村そのものじゃないか」


 妖精族に関する情報も残っていないしな。

 そう言って、俺はベッドから立ち上がる。


 シーツを直して、急かすウェンディをたしなめながら旅の身支度を進めていった。道具袋を開いて、金銭と食料と小道具を確認する――ふと袋のなかの小枝が目に止まったため、それを彼女に投げて渡してやった。


 ウェンディは小枝を、空中できれいにキャッチする。それからウキウキと、その棒を振りまわしはじめた。はたして、その使い方であっているのか定かではないが、とりあえず彼女の気が逸れている隙に旅の支度を済ませていった。


「怪しい人物か……」


 一人だけ、それらしい人物とは出会った。

 昨夜、酒場に現れた吟遊詩人のリィーネとかいう女性である。


(しかし……)


おそらく彼女は関係ないだろう。なんであんな詩を唄ったのかも……きっとたまたまであったのだ、と俺は自分に言い聞かせる。


「そういえば、あんたに言い忘れていたわ」


 不意にウェンディが口を開いたので、俺は顔を上げる。


「昨日の吟遊詩人よ」


 ちょうど考えていたことが、偶然にも重なった。


「あの人間がね、あんたに言付けを残していったの」

「俺に?」

「うん、あんたを待っている人がサンガの村にいるって」


 待っている人? サンガの村?

 妙なキーワードを耳にして、俺は首を傾げる。


「誰か思い当たる人間がいるの?」


 ウェンディの質問に、俺はしばし頭を巡らせたが……いや、まさか――。


「いや、いないと思う……」


 俺は首を振った。ウェンディは「そう」とだけ言って、それで納得してくれた。

 もう一つのキーワドであるサンガの村。この近くにある村なのだろうか? このことについて、彼女に訊いてみた。


「吟遊詩人は、サンガの村についてなにか言ってなかったか? どこにあるとか……」

「あー。たしかね、山の麓にあるって――あっ、そうだ!」


 ぽんっ、とウェンディは手を叩いた。


「そういえば、地図を書いてくれてたわね。小さな紙に書いて、酒場のテーブルに置いたはずよ」

「昨日はそのまま部屋へ戻ったからなぁ。酒場の親父さんが回収してくれているかも」


 俺は外套の袖に腕を通した。道具袋を引っさげ、外に出る準備は万全である。


「それじゃ、次の目的地はサンガの村ね」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 ウェンディの言った言葉に、俺はウーンと唸った。


「俺は大きな街に行ったほうがいいと思う。情報を集めるのなら、やっぱりもっと人がたくさんいる場所に行かなくちゃな」


 妖精の里へ帰る時間も考慮すれば、寄り道している場合じゃない。

 と言うと、ウェンディは俺の案に食い下がった。


「でも、待っている人がいるんでしょ、あんたを」

「…………」

「アタシ、思うんだけれど……たぶん、その人間ってのが女王様の言ってた血筋を引く者なんじゃない?」


 絶対、そうに決まってるわ。

 と断言して、ひとり大喜びしているウェンディに、俺は待ったをかけた。


「あの吟遊詩人は、俺達の事情を知らないはずだぜ? だからその……喜んでいるところ悪いんだけど、サンガの村のことは……この件とは全く関係ないと思う」

「でも、あの人、未来が視えるって言ってた」

「いやだから、あれは嘘かなにかで――」


 しばし、問答が続き、結局埒が明かなかった。

 とりあえず、地図の回収とサンガの村についての情報を酒場の親父さんに訊こうと、俺達は部屋を後にした。



 * * *



 部屋を出て、吹き抜けの階段を下りた頃であった。


 ――ジャンッ! ジャカジャカジャーン!


「キャッ!」

「うおっ! な、なんだよ、この音は!」


 俺も、俺の外套のフードに隠れていたウェンディも、突然の不協和音に驚いた。

 見れば酒場の奥、カウンター脇の安楽椅子に座っているおばあさんが、なにやらご機嫌な様子で手元の弦楽器をかき鳴らしているではないか


 さすがに夜ではないので、酒場には軽食を目当てに来た客がまばらにいる程度だ。どの客も一様に顔をしかめて耳に手を当てていた。おばあさんのソロ演奏のさなか、俺はとりあえずカウンターの席に近寄った。


 グラスを拭いていた酒場の親父さんが「おはようさん」と俺に挨拶をくれた。


「昨日はとんだ騒動だったなぁ。どうだい、うちのベッドは寝心地良かったかい?」

「え、ええ、まぁ……」


 ジャンジャンッ! と大きくかき鳴らして、一曲が終わった。しかし、それからまた間を置かずに、フンフーンとおばあさんは鼻歌を歌いだして弦を弾きはじめる。


「ああ。あれは気にしないでくれ」


 ちらりと、母親を見た親父さんは、自分も苦い顔をして肩をすくめた。


「昨日の吟遊詩人のお嬢さんに触発されちまったのか……急に楽器が弾きたいって、おふくろが言うもんだからよ」


 おばあさんは「朝ァ露にー! 夢を見てぇー!」としゃがれた声で元気に詩を唄う。まぁ、歌声はそれなりに聴いていられるのだが、いかんせん、楽器を演奏する腕前はと言うと……。おまけに弦が錆びているのか、ひどく鈍った音色がする。


「んもう! うるさーいっ!」


 フードからウェンディが叫んでも、小さな妖精の声はあっけなくかき消されてしまった。


「はは……これはすばらしいモーニングサービスで……」


 俺も苦笑う。そのまま席には座らず、酒場の親父さんに本題をたずねた。

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