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チェルトの極秘大作戦Ⅲ

「…………ッ!」 


 ――と、ふとワタシは、人間の肩の向こうに目が止まった。


(あれは……!)


 人間の家だ。その出入口の扉が……ほんのわずかに開いているではないか。

 その隙間を目にした瞬間、ワタシの行動は早かった。


「うぉりゃああっ!」


 自分でもなにを叫んだか、よくわからない。

 とにかくありったけの力で、羽を動かした感触だけは覚えている。


 ワタシは前へ飛んだ。ほかの子達を身体にぶら下げたまま、(くう)を突っ切る。ビュウッ! と音の鳴る猛スピードを出して、正面にいる人間の肩すれすれを避け切った。


 全速力で飛んだ――飛んだ、そりゃもう勢いよく!


 ワタシが飛んでいった先は、無論人間の家。そのわずかに開いた扉の隙間を目がけて突進していった。そして見事、建物のなかに逃げ込むことに成功したのだ。


「!」


 建物のなかで、ワタシは羽を目いっぱい広げて宙で急ブレーキをかける。その勢いで、ほかの妖精達を身体から振り払うと、すかさず大声を上げて命令をした。


「早く! みんなで扉を閉めるのよ!」


 うなずく間もなく、みんなワタシの言う通りにドアノブに手をかけて引っ張った。

 バタン、無事に家の扉は音を立てて閉まった。



 * * *



「はぁはぁはぁ……」


 息も絶え絶えとはこのことか。ワタシを含め、みなへなへなとその場に崩れ落ちた。

 ちょうどよく、足下に巨大なテーブルがあったので、ワタシはその木の板の上に身を投げ出した。


「あの人間は?」


 大の字のまま、ワタシはたずねた。

 一人の妖精が窓からこっそり人間の姿をうかがっている。その小さな頭部の向こうに、件の人間の姿が目に映った。

 どうやら人間は、いまださっきの場から動かず、逆さに持った鍬の柄で茂みをつついているようだった。


「大丈夫みたい、こっちには追ってこないよ」

「そう……なんだかよくわからないけれど、よかったわ」


 ふぅーと大きな息をついた。仰向けのワタシは、遠い天上をしばしぼんやり見つめた。そのあとで、寝転んだままの体勢でワタシは頭と目を動かす。残った妖精の数を数えるために。


 建物に逃げた妖精はワタシのほかに三人。一人はさっきの窓辺にいて、もう一人はワタシのすぐとなりでへばっている。そして最後の一人は――ああいた、ドアノブにしんなり座っていた。

 合計四人だ。みんなマーナの力を出し切ったせいもあって、非常に疲れているようだった。


「作戦は失敗だったの?」


 となりにいた妖精がいまにも泣きそうな顔で、こちらを見てきた。


「バカなこと言わないでちょうだい。まだ作戦は続いているわ。あんなのは序の口、運悪くタイミングを逃しただけで、まだまだ人間を狙い撃つチャンスはあるかしら」


 精一杯の強気を口にするも、残念ながら声のトーンだけは低いままだった。また、ワタシは息をこぼす。もう正直、噛みつく気力すら残っていないのが事実であった。


「とりあえず、無事に避難できたのだから……いったんここで体力を回復させましょう。四人でもかまわないわ、充分に威力の高い光の球(ブライトボール)を撃て――」

「や、休むって言っても、ここ……」


 窓辺の妖精が言葉をかぶせてきた。ちらりと、ワタシが視線を向ければ、おどおど不安げな眼差しとぶつかる。


「ここ……に、人間の住処だよ?」

「!」


 その言葉に、ワタシはがばりと身を起こした。


(すっ、すっかり忘れてた!)


 きょろきょろと辺りを見まわせば、サイズ感は大きいけれどたしかに妖精の家にもあるような生活感のある家具が……テーブル、椅子、カマド、そしてとなりの部屋に寝具が見える。


「ということは……そのうち、あの人間はここに戻ってくるっていう……」


 青ざめるワタシに、さらに追い打ちをかけるように、ドアノブにいた妖精が口を開いた。


「ねぇ、扉を閉めたのはいいけれど……これ、どうやって開けるの?」

「えっ、ふつうに外に向かって押せばいいんじゃないの?」


 ワタシの言葉に、ドアノブにいた妖精がふらふら飛んで、扉をぐいっと押してみせた。見ての通り、びくともしないようで、妖精は力なく首を振っている。窓辺の妖精もトントン窓を叩くも同様に開かないのか首を振った。

 そんな彼らを見て、ワタシは絶句した。


「もしかして、ワタシ達……」


 いや、もしかしてもなにもだ。


「と、閉じ込められたのっ!?」


 ワタシの絶叫を皮切りに、妖精達はみなパニックに陥った。

 ――そして、一時間が経過した。


「――というわけで、閉じ込められたワタシ達は、このまま救助を待つことにします」


 巨大なテーブルの上で、ワタシは横一列に並んだ三人の妖精を前に言った。ばさりと、すっかり乱れてしまった長い髪を手で振り払って。

 ワタシの言うことに、三人ともパチパチと拍手を送ってくれた。ここへきて、残った面子が割と素直な性格の持ち主ばかりでよかったと、ワタシは内心感謝した。


「幸いなことに、ここは隠れる場所もいっぱいあるし、食料もたっぷりあるわ。そろそろ逃げた妖精達が里に戻っている頃合いだから、きっとワタシ達のことを女王様に知らせてくれているにちがいないわね」


 下手に動かず、このまま残留。という方針に決定した。


(仮に脱出できて、おめおめ里に戻ったところでワタシのメンツがないしね……)


 ひそかに肩をすくめたのは、内緒である。


(それに、ここに残っていれば、いつかは人間を狙うチャンスが来るはず……!)


 ということで、ワタシことチェルトを含めた妖精四人組のサバイバルがはじまった。


 この時、ワタシはすぐに里から救助の手が来ると思っていた。 ところが、これが四日間――ウェンディ達の猶予期間の最終日にまで残留するはめになろうとは、思いもしなかったのである。

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