チェルトの極秘大作戦Ⅱ
ワタシは目を大きく開けて、じっと人間の動向を観察した。人間は大きなお家の前から、のっそのっそと歩きはじめる。行き先は家の裏手にある畑のようで、ワタシ達も茂みのなかに隠れたまま移動をした。
「よいしょっと!」
掛け声とともに、人間は手にしていた鍬を土に向かって振るう。パチパチ、つぶらな目を瞬かせて、ワタシは何度も確認した。何度確認しても――その動きはとろかった。
(ウッズウルフのような俊敏さは、持ち合わせていないようね)
ワタシは勝利を確信して、ふふっと口元を緩ませる。
これなら大丈夫。確実に、光の球を命中させることが叶いそうだ。
あとは恐怖心にさえ打ち勝つことができれば――。汗で湿った手をぎゅっと握りしめて、ワタシはスゥゥと息を大きく吸って戦う覚悟を決めた。
「い、いくわよ、みんな!」
やや声が上擦ってしまった。
でも、恥じらっている場合ではない。頬に熱を保ったまま、ワタシは左右に控える妖精達に視線を配った。
縦と横に、妖精達の頭が振られる。まったくそろっていない動きであったけれど、ええいままよ! とワタシは声を大きく上げて合図を出した。
「いっせいの――せっ!」
「!」
ガサリッ。
妖精達はいっせいに茂みから飛び出した。若干、出遅れた妖精はいたけれど、それなりにみんなワタシのあとにちゃんとついてきてくれた。そのことが不意に嬉しく感じて、そしてワタシは作戦の成功を確信した。
両手を天に掲げた。お馴染みの攻撃の詠唱を口で唱えはじめる。
「光よ、つどえ――」
掲げた両手の先に、キラキラと光の粒が集まり出す。手は全部で十四本、それぞれの手に集まった光の粒は――やがて、ひとつの大きな光の球へと膨らんでいく。
七人も妖精の精鋭隊が集まったのだ。その結束した力の強さを、ワタシも全身でビリビリと感じ取っていた。
(いける。これはいけるかしら!)
この時のワタシは、普段のエレガンスな自分の装いをかなぐり捨てていた。力強いマーナのエネルギーに高揚し、らしくもなく白い歯を見せて笑っていた。それは半分引きつっているような、興奮しているような……自分でもよくわからない笑みであったと思う。
それでいい。もはや、形振りかまってはいられないのだから。
ちなみにこの間、約二秒ほどである。
――そして、ワタシは締めを口にしようとしていた。
「光の――!」
しかし、その時であった。
ワタシ達のいる茂みから、少し離れた場所にいた人間が――急にぐるりとこちらを振り向いたのだ。
びくり、ワタシの身体は震えた。
「はて? なにやら茂みから音が聞こえたような――」
「!」
人間がこちらをじーっと見つめている。
おおきな光の球を前にしているはずなのに、その人間は身構えるどころか、まったく顔色一つ変えずに平然としている。
余裕の面構えだ。その気味悪さもあってか、ワタシの脇からひぃっと小さな悲鳴が上がった。
そして――。
「ややや、やっぱりムリーッ!」
と、なんとあろうことか……一人の妖精が手を下ろして、その場から一目散に逃げてしまったのだ。
「んなっ!」
身を翻し、森のなかへ飛んでいった同胞に、ワタシを含めた全員がショックを受けた。
「ごめん、ウチもムリーッ!」
「めっちゃ怖いからムリーッ!」
さらに、一人が抜けてしまうとその後を追いかけてまた二人ほど、ヒュンと風を切ってとんずらしていってしまった。
いきなり三人も妖精が抜けるとは。この予定外のことに、さしものワタシも大いに動揺してしまった。
「ちょっ、ちょっと、お待ちなさい!」
逃げた妖精達につられて、振り返ってしまったのだ。その瞬間、バシュンと……手先に集まっていた光の粒は霧散してしまったのである。
「あっ!」
集中力が途切れてしまったせいだ。
ワタシの光が消えると、残っていたほかの妖精達の光も一様にバシュン、バシュンと消えてしまった。
思わぬアクシデントに慌てふためくワタシ達。そんなか弱い妖精達を嘲笑うがごとく、もっとも恐れていた最悪の事態がひたひたと訪れる。
あの人間がのっそのっそと――ワタシ達のいる茂みに近づいてきたのだ。
「リスか、キツネか。動物でも隠れているのかのう?」
「あわあわわ……!」
ワタシは見た。人間の手には、あの黒光りする物騒な鍬が握られているのを。
作戦は失敗だ。
そう、認めざるを得なかった。認めなければならなかった、失敗した以上は速やかにこの場から撤退しなくてはいけないから。
だのに、羽を思いっきりはためかせても、身体が重くて動かない。……というのも、左右に残った妖精達がみな、がっちりとワタシことチェルトの身体にしがみついて離れないのだ。
「もうダメだぁ、ボク達おしまいだよぉ!」
「うえーん、おたすけぇ!」
「ぐすっ、どうにかしてよチェルト!」
しがみついてくる妖精達を振り解こうと、ワタシは懸命に身をよじらせる。
「くっ! 三人とも離れなさいっての! こんなにしがみつかれちゃ、逃げたくても逃げれな――!」
はっと、ワタシは目を見開かせた。人間が鍬の持ち手を変えて、間近にまで迫ってきたからだ。
人間はもう目と鼻の先である。ワタシはあらためて人間の図体の大きさを知った。日の光が遮断されて、ぬっと黒い影がワタシ達小さな妖精を覆う……。
絶対絶命。もはや、これまでなのか。