ふたたび妖精の里にてⅡ
「──と、いうわけで。妖精と人間はいつまでも憎しみ合って戦いましたとさ」
ひとしきり語り終えたワタクシに、ぱちぱちと妖精達の拍手が送られた。そんななか、一人の妖精が「でもさ、人間なんて──」と小首を傾げてこう言った。
「この前はじめて見たけれど、そんなに大したことなさそうだったよ?」
その妖精が言った人間というのは、妖精の里へ不法侵入したあの少年のことである。あれから、もう三日が経とうとしていた。
「あの人間は、まだ成長途中の若者なのです。もっと身体の大きい人間もたくさんいるんですよ? 山よりも巨大だったり、なかには口から火を吹いたり、ギョロギョロした目玉が四つ以上ついていたり……」
ほんとうに、とても恐ろしい存在なのです。
と、ワタクシが諭せば、ぶるりと妖精全員が震えた。
「ウ、ウェンディ、大丈夫かな……?」
「…………」
別の妖精が言ったウェンディというのは、その少年についていった妖精だ。彼女はいま、里の外へ出かけている。
「大丈夫です」
ワタクシは、みんなを優しくなだめた。
「ウェンディ、彼女は強い子ですから」
ふーっと、力を抜くように息を吐いた。それから、いつもと変わらぬ微笑を顔に浮かべた。
(どんな賽の目が出ようとも……)
三日月型の唇を、ワタクシはそっと舌でなぞった。
(ワタクシの勝ちは確定しているのです)
彼らのかわりに人質となっている妖精カールには悪いが、もうしばらくの辛抱だ。きっとあの子は、外の世界に出てもなにもないとわかって……失望して、この里に帰ってくることだろう。
妖精の女王は微笑んだ。
まわりの妖精も、いっしょに微笑み合った。
「さて、ワタクシが話せることはこのくらいで──」
「もっと、女王様のお話し聞きたい!」
「うん、もっともっとして!」
「あらあら、うふふ……」
まだ、時間は残っているから。
と可愛い妖精達にねだられて、青灰色の葉っぱの降るなか、ワタクシ達は昔話に華を咲かせた。
* * *
集会所のほうから、一人の妖精が飛んできた。
ここは妖精の里の南、外界へ通じる入口の前である。はぁはぁ、と息を切らす妖精を前に、ワタシはご自慢のコケモモ色のロングヘアをなびかせて訊ねた。
「ごくろうさま。で、首尾良くいけたの?」
「うん。頼んだら快く引き受けてくれたよ。それでいま、あの子達が女王様の気をそらしてくれているところ」
よし、とワタシはガッツポーズをした。
「よくやったわね。こちらは、先遣隊が帰ってくるのを待ってるとこよ。そのほかの準備はできているわ」
報告を交わしつつ、ワタシはちらっと門番のほうへ目配せをした。目が合った本日の門番の妖精は、そそくさと顔を横へ反らす。
これからワタシ達のすることを、見て見ぬ振りをしてくれるという意である。これもおとっときの木の実を横流しした成果であった。
門の前に集まった妖精は、ワタシを入れて合計五人。
あと先遣隊の妖精が戻ってくれば、七人にもなる。
「ようし、なにもかも順調ね。第一作戦は終了! 先遣隊が戻り次第、第二作戦へと移行するわ」
みんな、いいわね!
と、ワタシはまわりの妖精達に声をかけた。
しかし、彼らの返事は弱く、おどおどしたままである。
「ちょっと。なにをいまさら、怯えているの?」
「……だって、ねぇ?」
妖精達はおたがいに顔を見合わせた。脇に控えている門番の妖精も、彼らと同様に眉を寄せている。
「や、やっぱりやめようよ」
一人の妖精が、急に弱気なことを言い出した。
「いまからでも遅くないからさ。女王様にばれるのも嫌だし、それに……」
「あら、人間が怖いっていうの?」
ワタシがもう一度、全員の顔を見まわすと……それぞれがこくこくうなずいた。腹の立つことに、作戦には関係のない門番でさえも、いっしょに頭を縦に振っている。
「はぁ……呆れたこと」
苦々しく顔をしかめたワタシは、長い髪を荒っぽく手で梳いたあとに、両腕を固く組んで言ってやった。
「人間なら、この前に嫌ってほど実物を見たでしょうに」
人間。
(ああ、思い出しても頭にくること……)
づかづかと妖精の領域に土足で上がり込んできたと思ったら、あの偉大な女王様相手にも無礼な態度を取る始末。ぶいぶいと、好き勝手にものを言う口を縫いつけてやりたいと、集会所の場で何度ワタシが思ったことか……。
いまは、あの小うるさいウェンディとともに、里の外へ出ていってしまった。『かならず、戻る』と言っていたが、ワタシは信用していない。きっと、女王様との約束を破って途中で逃げ出すに決まっている。
「あんなの、大したことないかしら」
ワタシは強い口調で言った。
「妖精の攻撃に怯んでいたのを、あなた達も集会所で見ていたでしょう? だから、里のなかでもよりすぐりのマーナの使い手を、ワタシ自らが集めたんじゃない」
四人のその締まりない顔をきっと睨みつけた。途端に、全員の羽がぴんとのびる。
「もっと自分に自信を持ちなさいな。この極秘作戦は一蓮托生。けして、一人きりじゃないのだから」
喝を入れれば、みなの目はきりっと光った。うまくやる気を引き出せたようで、ワタシも満足した笑みを浮かべた。
と、その時である。
「ただいまーッ!」
タイミング良く、先遣隊の妖精二人が外から帰ってきた。
「あったよ! 情報通り、森のなかに大きなおうちが!」
「あ、あと……人間もいたの!」
先遣隊の報告に、その場にいた妖精達に緊張が走る。しかし、このワタシ、チェルトだけは、ふふんと強気に笑うのだった。