表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/141

ふたたび妖精の里にてⅡ

「──と、いうわけで。妖精と人間はいつまでも憎しみ合って戦いましたとさ」


 ひとしきり語り終えたワタクシに、ぱちぱちと妖精達の拍手が送られた。そんななか、一人の妖精が「でもさ、人間なんて──」と小首を傾げてこう言った。


「この前はじめて見たけれど、そんなに大したことなさそうだったよ?」


 その妖精が言った人間というのは、妖精の里へ不法侵入したあの少年のことである。あれから、もう三日が経とうとしていた。


「あの人間は、まだ成長途中の若者なのです。もっと身体の大きい人間もたくさんいるんですよ? 山よりも巨大だったり、なかには口から火を吹いたり、ギョロギョロした目玉が四つ以上ついていたり……」


 ほんとうに、とても恐ろしい存在なのです。

 と、ワタクシが諭せば、ぶるりと妖精全員が震えた。


「ウ、ウェンディ、大丈夫かな……?」

「…………」


 別の妖精が言ったウェンディというのは、その少年についていった妖精だ。彼女はいま、里の外へ出かけている。


「大丈夫です」


 ワタクシは、みんなを優しくなだめた。


「ウェンディ、彼女は強い子ですから」


 ふーっと、力を抜くように息を吐いた。それから、いつもと変わらぬ微笑を顔に浮かべた。


(どんな賽の目が出ようとも……)


 三日月型の唇を、ワタクシはそっと舌でなぞった。


(ワタクシの勝ちは確定しているのです)


 彼らのかわりに人質となっている妖精カールには悪いが、もうしばらくの辛抱だ。きっとあの子は、外の世界に出てもなにもないとわかって……失望して、この里に帰ってくることだろう。


 妖精の女王は微笑んだ。

 まわりの妖精も、いっしょに微笑み合った。


「さて、ワタクシが話せることはこのくらいで──」

「もっと、女王様のお話し聞きたい!」

「うん、もっともっとして!」

「あらあら、うふふ……」


 まだ、時間は残っているから。

 と可愛い妖精達にねだられて、青灰色の葉っぱの降るなか、ワタクシ達は昔話に華を咲かせた。



 * * *



 集会所のほうから、一人の妖精が飛んできた。


 ここは妖精の里の南、外界へ通じる入口の前である。はぁはぁ、と息を切らす妖精を前に、ワタシはご自慢のコケモモ色のロングヘアをなびかせて訊ねた。


「ごくろうさま。で、首尾良くいけたの?」

「うん。頼んだら快く引き受けてくれたよ。それでいま、あの子達が女王様の気をそらしてくれているところ」


 よし、とワタシはガッツポーズをした。


「よくやったわね。こちらは、先遣隊が帰ってくるのを待ってるとこよ。そのほかの準備はできているわ」


 報告を交わしつつ、ワタシはちらっと門番のほうへ目配せをした。目が合った本日の門番の妖精は、そそくさと顔を横へ反らす。

 これからワタシ達のすることを、見て見ぬ振りをしてくれるという意である。これもおとっときの木の実を横流しした成果であった。


 門の前に集まった妖精は、ワタシを入れて合計五人。

 あと先遣隊の妖精が戻ってくれば、七人にもなる。


「ようし、なにもかも順調ね。第一作戦は終了! 先遣隊が戻り次第、第二作戦へと移行するわ」


 みんな、いいわね!

 と、ワタシはまわりの妖精達に声をかけた。

 しかし、彼らの返事は弱く、おどおどしたままである。


「ちょっと。なにをいまさら、怯えているの?」

「……だって、ねぇ?」


 妖精達はおたがいに顔を見合わせた。脇に控えている門番の妖精も、彼らと同様に眉を寄せている。


「や、やっぱりやめようよ」


 一人の妖精が、急に弱気なことを言い出した。


「いまからでも遅くないからさ。女王様にばれるのも嫌だし、それに……」

「あら、人間が怖いっていうの?」


 ワタシがもう一度、全員の顔を見まわすと……それぞれがこくこくうなずいた。腹の立つことに、作戦には関係のない門番でさえも、いっしょに頭を縦に振っている。


「はぁ……呆れたこと」


 苦々しく顔をしかめたワタシは、長い髪を荒っぽく手で梳いたあとに、両腕を固く組んで言ってやった。


「人間なら、この前に嫌ってほど実物を見たでしょうに」


 人間。


(ああ、思い出しても頭にくること……)


 づかづかと妖精の領域に土足で上がり込んできたと思ったら、あの偉大な女王様相手にも無礼な態度を取る始末。ぶいぶいと、好き勝手にものを言う口を縫いつけてやりたいと、集会所の場で何度ワタシが思ったことか……。


 いまは、あの小うるさいウェンディとともに、里の外へ出ていってしまった。『かならず、戻る』と言っていたが、ワタシは信用していない。きっと、女王様との約束を破って途中で逃げ出すに決まっている。


「あんなの、大したことないかしら」


 ワタシは強い口調で言った。


「妖精の攻撃に怯んでいたのを、あなた達も集会所で見ていたでしょう? だから、里のなかでもよりすぐりのマーナの使い手を、ワタシ自らが集めたんじゃない」


 四人のその締まりない顔をきっと睨みつけた。途端に、全員の羽がぴんとのびる。


「もっと自分に自信を持ちなさいな。この極秘作戦は一蓮托生。けして、一人きりじゃないのだから」


 喝を入れれば、みなの目はきりっと光った。うまくやる気を引き出せたようで、ワタシも満足した笑みを浮かべた。

 と、その時である。


「ただいまーッ!」


 タイミング良く、先遣隊の妖精二人が外から帰ってきた。


「あったよ! 情報通り、森のなかに大きなおうちが!」

「あ、あと……人間もいたの!」


 先遣隊の報告に、その場にいた妖精達に緊張が走る。しかし、このワタシ、チェルトだけは、ふふんと強気に笑うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ