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ふたたび妖精の里にてⅠ

 ──妖精の里。


「…………」


 ワタクシは目を閉じて、深い瞑想に入っていた。

 ワタクシの意識は千年樹を通して、里の周辺に広がった森林のマーナと共鳴する。


 身体は集会所の長の椅子の上で、静かに鎮座している状態だ。はたからすると眠っているかのように見えるも、千年樹と近隣のマーナの妖精を見守るのは女王の務めの一つである。


 不届き者が近寄ったとしても、すぐに目をを開いて反撃に出ることもできる。もっとも、そのような存在は、この妖精の里には誰一人としていないが。


 小さくて可愛い妖精達。

 今日も変わらず、表面的な平和の時を過ごしている。彼らはきちんと当番通りに、自分の仕事をこなしていた。争うこともなければ、変に競うこともない。

 百年と、妖精の里が変わらない秘訣である。


(しかし──)


 と、ワタクシはうっすら瞼を開ける。すでに足下には、たくさんの青灰色の葉っぱが溜まり落ちているのが目に入った。

 はらはらはら──。

 このところ小雨のように、葉っぱの降る量が増えている。美しい緑の芝は、ほとんどが青灰色に染まって汚れてしまった。


 ワタクシはふたたび、すっと瞼を閉じた。意識を千年樹のほうへと向ける。

 大樹は弱っていた。静かに、静かに……もうしばらくすれば、その生命機能は完全に止まるだろう。


 その時、可愛い小さな妖精達は、なにを思うのだろうか。


「女王様、女王様」


 呼ばれて、ワタクシは瞼を開いた。

 見れば、壇上の向こうから、何人かの妖精達が宙で羽をはためかせている。


「あら、ごめんなさい。気づかなくって」

「いいえ、こちらこそ女王様のお仕事のお邪魔をして申し訳ありません」


 数えて八人か。みないっせいにぺこりと頭を下げた。そんな彼らに、ワタクシはにっこりと微笑み返す。


「いいのよ。仕事と言ってもワタクシ、もう長くないですもの。小さくて……ささやかなあがきのようなものですから」


 そう静かに言うと、妖精達の顔が一度に青ざめた。うふふ、とワタクシはやんわりなだめるように言葉を続ける。


「ごめんなさいね、あなた達を不安にさせてしまって……。それで、なにかワタクシにご用でしょうか?」

「あ、あのね、ボク達……」

「そのですね……」


 妖精たちはまごまごして、おたがいの顔を見合っている。やがて一人の妖精が意を決したのか、すすっとワタクシの前まで飛んできて、こう言った。


「に、人間のことを聞きたいのです」

「人間の、ですか?」


 目を見開かせて驚くと、口を開いた妖精は尻込んだ。すると、また別の妖精が飛んできてフォローを入れる。


「ちがうのです。ボク達、妖精の歴史のこともっと良く知っておきたくて。もし妖精族が滅びてしまうのならば、その歴史を――人間の呪いに最後まで勇敢に抗ったことを、なにかに残しておきたいなと思ったんです」


 残りの妖精達も前へ出てきて、こくこくとうなずいた。


「女王様にお聞きしたいの。昔のこと、妖精が人間達とどうやって戦ったのかと」


 横にならんだ、つぶらな丸い瞳。そのいつになく真剣な眼差しをワタクシはざっと見渡した。

 念を入れてティアラの宝石を光らせてみる。しかし心を読んだと同時に、そのことを一瞬悔いてしまった。

 

 どの妖精も、裏表のない素直な心の持ち主であることは、自分がよく知っていることではないか。


(この前の人間とはちがうのだ)


 里の妖精はみな、女王である自分のことを信じている。自分の言うことに、なんら疑いを持たない良い子達ばかりなのだから。

 つい疑り深く、神経質になっていた己を反省して、ワタクシは短く息を吐いた。それを呆れたと勘違いしたのか、妖精達はがーんとまた顔を青くさせた。

 慌てて、ワタクシは彼らににっこり微笑んだ。


「ああ、ごめんなさい。誤解です、わたくしは自分の不甲斐なさにため息をついたのですよ」


 腕をのばして、怯える妖精の頭を優しく撫でてやる。

「あなた達はこんなにも熱心に妖精族のことを考えてくださっているのですね。なんて、すばらしい子達でしょう」

 女王の自分に誉められて、妖精達はみな顔をぱぁっと明るくさせた。


「ボク達、今日のお仕事を早く終えました」

「畑の水やりも、雑草抜きも、ミツバチの飼育も!」

「だからお願いします、女王様。もっと妖精族のことを教えてください!」

「お願いしまーす!」


 我も我もと、前に出る妖精にワタクシは快くうなずいた。


「そうですね、いいでしょう。でも、どこから話しましょうか──」


 じつを言うと、長であるワタクシも妖精のすべてを知っているわけではない。千年樹のはじまりや、妖精族の誕生の起源まではよくわからないのだ。


 とりあえず、自分の知るかぎりの一番古い記憶から話しはじめてみた。妖精族がまだ数多く、この大陸を支配していた全盛期の記憶である。


 ワタクシがつらつらと話すなか、この子達は熱心に耳を傾けていた。一言も聞き漏らすまい、真摯な瞳でワタクシのことを見つめて──。

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