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「見て通り、旅の吟遊詩人です。それで、あなたの名はなんとおっしゃいますか?」

「俺か?」


 ここはさすらいの冒険者らしく、外套を大きく翻したりなんかして、カッコいい名乗りを決めたかった。

 しかし、ひっくり返ったテーブルに外套の裾が引っかかりそうだったので、仕方なく俺はシンプルに名前だけを名乗った。


「俺はノシュアだ。冒険者をやっている」


 肩先に振り向いて、ついでに妖精の紹介もした。


「こっちは妖精のウェンディ」

「…………」


 紹介されたウェンディは、未だにしかめ面のままリィーネのことを睨んでいた。


 さて、そろそろ本題に入ろう。

 俺はリィーネのそばにあった、倒れていないテーブルの上に硬貨を数枚乗せた。


「詩を頼んでもいいかな?」

「詩を、ですか?」


 ポロン。と、リィーネを楽器の弦を撫でた。


「──いいでしょう。して、どんな詩をご希望ですか?」

「妖精が登場する詩ならば、なんでも」


 妖精? と彼女は復唱する。

 俺は強く頷いた。


「伝説、伝承──とにかくなんでもいい。俺達、ちょっと事情があって、妖精族のことを調べているんだ。できれば、この近辺に伝わる古い物語なんかを……」


 なにか、聞いたことないかな?

 と、俺はリィーネに訊ねた。彼女は口元に手を当てて、少し思案するようにうつむく。

 しかし、やがて吟遊詩人は静かに首を振った。


「……そっか」


 俺はテーブルに出した硬貨をしまおうと、手を伸ばした。すると、左肩にしがみついていたウェンディが羽ばたいて、リィーネの前に飛び出た。


「ちょっとちょっと! ほんっとうに、なんにもないの?」


 リィーネは「ええ」と言って、またポロンと弦に触れる。ウェンディは口をへの字にして、なおも食い下がった。


「あんたも、こいつと一緒でアッチコッチ旅してるんでしょ? アタシ見たわよ、地図っていう──広い世界を描いた絵」


 彼女が言っているのは、木こりの家に飾ってあった地図のことだろう。


「この際、この辺の詩じゃなくってもいいわ。どこか……どこか遠くて、アタシの行ってない場所にある妖精族のことを──」

「ウェンディ」


 振り向いた彼女に、俺も首を振った。


「無茶を言うなよ。俺だって、妖精のことはおとぎ話でしか知らなかったんだぜ?」


 かつて読んだ本と、現実の妖精の像はだいぶ異なっていた。

 それどころか、馬鹿でっかい大樹も、人間ほどの大きさの女王様も、妖精族を蝕む呪いの剣も、目の前いる好戦的で勝ち気一人の妖精も……全部、俺の読んできたどの本にも載っていなかったことだ。


「そうですね。妖精や魔物といった人間とは異なる生命についての詳しい伝承は、私もあまり見かけたことがありません」

「そう、なの……」

「おそらく妖精に関しての情報は、人間よりも当事者であるお嬢さんのほうが詳しいと思いますよ」


 もっともな意見だ。

 しかし俺達が知りたいのは、妖精の女王が言っていた『剣の呪いをかけた人間』のことなのだ。過去、妖精と人間との間になにがあったのか……妖精族側ではなく、人間の側からの伝承が欲しいのだ。


(そこから、呪いをかけた人間の血筋を引く者を──)


 吟遊詩人リィーネは、近くに倒れている椅子を元に直して、ひとり腰を下ろした。またおもむろに弦を撫でるのかと思いきや、彼女は細い指を動かしてはっきりした旋律を紡ぎはじめた。


「それよりも……もっと良い詩をお聴かせしましょう」


 あなたに。とリィーネは俺に向かって静かに言った。


「お代はけっこうです。これは私がつくったばかりの新しい詩なのでして」


 妖精ウェンディはすっかり興が削がれたのか、リィーネの前から離れた。また食べ物でもあさるつもりか、その辺をちょろちょろと飛んでいる。


 俺はそれを放っておいた。それよりもせっかくの演奏だ、俺は美しい旋律に耳を傾けた。


「なんて詩なんだ?」


 と、俺の質問に……彼女は囁くように答えた。


「はい。凍れる大地に産まれた──」


 ──呪われた王の詩です。



 * * *



 他の人間達が戻ってこないうちに、アタシはせっせと床に転がった綺麗な果実を探しては運搬作業に勤しんだ。

 やがてカウンターの上に、果物の小さな山が出来上がった。みずみずしい食料を前に、アタシの溜飲も少しは下がる。


 あとは、これを布かなにかで丁寧に包もう。

 それから、連れの人間に持っていってもらおう。果物の小山は、さすがに自分ひとりでは運べないから。


 妖精の里では、食料はみんな平等に配給制だった。

 だからよく、個々でひそかに食べ物を隠していたものだ。自分で食べるのはもちろん、時に他の妖精との交渉にも使われた。


(食料をほったらかしにするなんて、人間って贅沢者ねぇ)


 さすがに、もう充分か。

 ひとしきり物拾いが終わってから、アタシはカウンターの上に立って酒場全体を見まわした。


 すると、ちょうど吟遊詩人が楽器を奏でる手を止めたところだった。微笑むリィーネと、彼女と向かい合っている連れの人間の後頭部が目に入った。


 果物を運んでいる間に流れてきた詩を、アタシは思い返した。

 綺麗なメロディであった。楽器の弦も音を外すことなく、リィーネの歌声もなめらかで──人間にしてはと、ちょっとばかし感心してしまう。

 

(んだけど……ちょっと暗い雰囲気の詩だったかな)


 音色は綺麗だけど、あんまし好きになれないような気がした。

 内容も、小難しくてよくわからない。死に絶えた大地とか、異様な力がどうとか……まるでさっぱりだ。


 かろうじて、アタシでもわかったのが、誰か、人間がへまをして故郷を追われたという部分だけだった。

 美しい音とは裏腹の間抜けな詩だと、アタシは辛辣に思ったのでした。


「いい詩だな」


 だのに、連れの人間は、アタシとは真逆の感想を口にした。


 センスなーい。

 そう茶化してやろうと、アタシはカウンターからふわり飛──んで、ちょっと宙で止まった。


 ……なんか、変だ。

 何気ない一言のはずなのに、妙に生気のない物言いだった。

 いつものアイツらしくないというか……。とにかく宙に止まったまま、アタシは二人を遠くから眺めた。


「自分でつくったのか」

「風の噂で聞いた話です。それを詩にしただけですよ」

「そうか……」


 そうか。と、もう一度だけ、アイツは小さくつぶやいた。

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