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鬼火騒動

「伝説ねぇ……」


 ふぅむ、とおばあさんは考え込んだ。


「たしかに……昔に比べれば、この辺はすっかり開拓つくされちまったからね。古い物はみんな兵隊さんが持っていっちまったし──」

「カーちゃん。あれはどうだ、鬼火の話は?」


 横から、酒場の親父さんが口を挟んだ。


「おにび?」


 復唱した俺に、親父さんはこくりと頷いた。


「ガキの頃にな、不用意に森に近づいちゃなんねぇってよ。鬼火が出て食われちまうぞーって、散々大人達に脅かされたもんさ」

「それって、もしかして緑色っぽい光だった?」


 さぁな、と親父さんは肩をすくめた。

 しかし、森に出る妖しい光となれば間違いない。それは、きっと妖精の光のことを示しているのだろう。


「ま、村の大人達の作り話だったろうけど」

「作り話であるものかい!」


 再び、おばあさんが声を荒くして息子に噛みついた。


「私も見たし、他の子どもだって見たんだ。鬼火はね、私らが子どもの時にゃ、そこらでよーく見かけたんだよ」


 おばあさんは自分の指で、とんとんとこめかみを突きながら喋る。


「……ああ、なにか思い出せそうだよ。なにかね、詩があったような……えっと、なんだっけねぇ……」


 いよいよ、手がかりを掴める時がきた。

 妖精の里を出て二日目の夜になる。さっそく、地元の情報を得られるのは、なかなかに幸先が良いのではないだろうか。

 俺は目をキラリと光らせた。また、一方でちょっと安堵している。


(きっと、ウェンディも興味を示してくれるにちがいない)


 と思って、俺は外套の内側にいる妖精を見た。


「…………?」


 もう一度見た。

 外套を引っ張って服のなかを覗き、さらに体中を軽くはたいて確認してみる……。


 いない、道具屋の時と同じだ。

 またいつの間にか、ウェンディの姿はいなくなっていた。


(今度はどこに行ったんだ?)


 呻るおばあさんをよそに、慌てて周囲を見まわした。すると突然、ガタンッ、と後ろで椅子が音を立てて倒れた。


「へんだっ、女々しい詩ばっか頼みやがって!」

「あんだと? バカにすっと許さねぇで!」


 後ろのテーブルで、またも村人達の小競り合いがはじまった。

 血の気の多そうな若い二人が、互いに胸ぐらを掴んでの睨めっこ。酒場の親父さんや、まわりのテーブルにいた客達も間に入って、ドタドタと複数の足が入り乱れた。


 その足の隙間を縫って、俺の視線はテーブルの下にとまった。


「あ、あいつ、あんなとこで……!」


 小競り合いのさなか、一脚のテーブルのふもとに、ウェンディの姿があった。どうやら、先の小競り合いで床下に落ちた果物が気になって、密かに潜り込んだようだ。


 身丈半分ほどの大きさの果物を抱えて、彼女は羽のぴんと立てている。目が合った俺は、急いで戻るように手招きをした。


「早く、こっちだ」


 囁く声に、ウェンディはこくこくと頷いた。

 だがその目は、目の前で行ったり来たりする人間達の足に合わせて、左右に揺れている。飛び出すタイミングを失って、身動きが取れなくなっているのは火を見るよりもあきらかだ。


(……仕方がないなぁ)


 俺が出向こうと、カウンターの椅子から下りた。

 タイミング良く、小競り合い集団は壁際のほうへ移動する。チャンスとばかり、果物を抱えたウェンディは俺のほうに向かって羽をはばたかせた。


 ぽうっと──淡いライム色の光が宙に浮かんだ。


「ぎぃやあぁぁー!」

「!」


 突然、酒場に絶叫が響き渡った。

 俺はビクッとその場で硬直した。当然俺だけでなく、酒場にいた全員の動きもぴたっと止まる。


 そして、叫び声を上げたおばあさんにみなの視線が集った。

 おばあさんは、ガクガクと震える指でなにかを示した。つーっと、みなの視線は、おばあさんの指さす方向へと切り替わる。 


 俺も含め、その場にいた全員があっと声を上げた。


「鬼火じゃ! 鬼火じゃあッ!」


 ……酒場にいる全員の目に、淡いライムの光が映った。


 酒場がパニックになったのは──多分、二秒もかからなかったと俺は思う。


「な、なんじゃ、あの光は!」

「ままま、魔物か! いや、それとも超常現象か!」

「なんでもいいぜっ、誰かあれを捕まえろッ!」


 酒場にいた全員がライム色の光に飛びかかった。幸い、妖精はすっと上昇したため難なく避ける。

 積み上がる村人達の山。俺もなんとか逃げるウェンディを誘導しようと前に出るが、床に倒れていた椅子に足を引っかけ、つんのめった拍子にスネを強く打ってしまった。


 これが地味に痛い。


「いってぇ……」

「大丈夫ですか?」


 その場にしゃがんで、足を押さえる俺の前にすっと手を差し伸べた人物がいた。

 涙がにじむ視界のなかで、顔の目元を覆う布だけが印象に残った。そう、件の吟遊詩人だ。


「いや俺は大丈夫。それよりも……」

「一旦、壁際に避難しましょう。こんなところにしゃがんでいては、あなたが踏み潰されてしまいますよ」

「でもっ!」


 吟遊詩人の女は顔を天井へ向けた。俺も倣って顔を上げれば、二階の手すりにとまるライム色の光が見えた。

 一人の若い村人が素早く階段をのぼり、じりじりと光に──ウェンディに距離を詰めていく。


「お連れさんなら、大丈夫ですよ」


 と、吟遊詩人は俺のほうに振り返って微笑んだ。

 いったいなにが大丈夫なのか、よくわからない。

 たしかに、村人に捕まえられる心配もあった……だが、それ以上にあの妖精を刺激すると──。


「うおっ、なんだこの眩しい光は!」


 腕で顔を塞ぎ、怯んだ声をあげる村人。


「……やっぱり」


 俺は青ざめた表情でつぶやいた。

 案の定、ウェンディは両手を掲げて、例の光を集め出したのだ。


「バカッ! こんなところで、ぶっ放すんじゃ──!」


 説得も虚しく、酒場に強烈な閃光が走った。

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