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美しき吟遊詩人

 酒場には、いつも一日の仕事を終えた村人達が集まってくる。酒場の親父さん曰く、昨日今日は特に客入りが多いようだ。

 その理由は簡単明瞭。みんな、この美しい吟遊詩人を一目見ようとやって来ているのだ。


 また一人、客が酒場の扉をあけて入ってきた。

 親父さんが注文をたずねるも、その顔はやっぱり横に──吟遊詩人のほうへ向けられている。すっかりホの字といったご様子だ。


 いまの客だけではない。店にいる誰もが、麗しく詩を吟じる彼女の美しさに見惚れているのである。


「あの人間が、ギンユーシジンってのでしょ?」

「うん。ああやって、楽器を弾いて、詩を唄ったりするのが仕事なんだ。……もっとも、俺が知っている吟遊詩人とでは、またタイプが違うみたいだけど」


 俺がつぶやいた言葉に、妖精は小難しい顔をしたので、ちょっと説明を入れてやった。


「詩人ってのは、貴族の一門や名だたる騎士、はたまた王宮など──まぁ妖精の里で言えば、女王様みたいな偉い人ことだな──に遣えて、彼らの歴史や武勇伝を後生に伝え残すための詩を作る人間なんだよ」


 俺が見てきたのはな。

 と、つけ加えた。ウェンディは大人しくうんうんと頷く。


「でも、こっちの大陸じゃ、もっと軽い雰囲気の……芸人さんって感じだな。場を盛り上げたり、誰かの好みの詩を唄ったりと、それで日銭を稼いでるようだ」

「ふーん。んじゃ、ちゃっちゃとお金ってのを渡してさ、妖精の詩を唄ってもらいましょう」

「……うーん、それはどうだろうな」


 急かすウェンディに、俺は渋い顔で返した。

 というのも、さっきからあの吟遊詩人が唄っているのは非常に民族的な詩ばかりなのだ。


 種まきや作物の収穫といった仕事の詩や、川や山といった土地柄の詩、はたまたパン屋の男に恋する娘の詩や動物の詩などなど。


 歌声と共に、豊富なレパートリーも素晴らしい。一曲唄い終わるたびに拍手を受けている様子から、村人達には好評のようだ。


「いまのところ、伝説とか伝承のような詩は唄っていないからな……」

「当てが外れたってこと?」

「いや、そうはとは決まってないよ。とりあえずは──」


 言いかけたところで、ガシャンっと食器が床に落ちる音が響いた。ころころ、床に小粒のリンゴがいくつか転がる。


 向こうのテーブルで、ちょっとした小競り合いが始まったようだ。どうも、吟遊詩人に詩をリクエストする順番で揉めているらしい。


「──村の人達も盛り上がっているみたいだし。水を差すのも悪いから、人がはけてから訊きにいくよ」


 俺は身体の向きを戻して、また煎じ湯のカップと向かい合った。

 ウェンディはまだ身を乗り出している。向こうにいる吟遊詩人を見つめているようだった。


 震える手でカップに口をつけた時、彼女は「ねぇ」と言った。


「あの人、ビジン?」

「うん。美人──」


 俺は盛大にむせ込んだ。

 ちなみに、酒場のなかに馬屋の親父さんの姿は見当たらなかった。可哀想に、奥さんにとっちめられて来れなかったようだ。


 ほっそりと、傷のない手がリュートの弦を撫でるように、優しく弾く。しばらくは穏やかな音色が続いた。と、思えば今度はリズミカルにかき鳴らされる。


 質素な木綿のローブに、薄く柔らかい色彩豊かな染め布をまとった吟遊詩人の女。木の腕輪と首飾り、丸い輪っかのビーズが揺れるたびにカラカラと小気味よい音を鳴らした。

 背が高く、すらりと細い。顔立ちのバランスもよく、微笑した唇の形が綺麗な三日月を連想させる。


「ねぇ、ビジンなの?」

「…………」


 妖精はしつこく聞いてくる。はたして、意味がわかっていっているのだろうか。


「……まぁ、たしかに美人だけど」


 咳き込んでから、ちらっと目を向けて俺は答えた。


「目元が見えないのが……少し残念かな」


 吟遊詩人の目元は布で覆われていた。


(盲目なのだろうか?)


 そんな人にこんなことを言うのは失礼だが……目元が塞がれた分のミステリアスな雰囲気がまた人の気を惹くのだろう。


「もっとも、容姿うんぬんよりも肝心なのは詩だよ、詩。唄うのも上手いし、楽器も綺麗に弾くし……そいうところがさ、人として一番魅力があるというか、なんというか……」

「なーに、早口になっちゃってんだか」


 半目になった深緑の瞳から、俺は気まずそうに顔をそらした。


「なにさ、あんな小娘」


 と、しゃがれた声がして、ウェンディは再び外套のなかに潜った。

 見れば、安楽椅子のおばあさんがなにやらツンケンしていた。


「あれくらいの詩、わたしだって唄えるさね!」

「へ、へぇ……おばあさんも昔は酒場で詩を唄っていたの?」

「あったりまえだよ。みんな、わたしに注目して、村中で取り合いが起こったものさぁ」


 ふふんと得意げに笑うおばあさん。横から、酒場の親父さんの声が飛んだ。


「気にするなよ、若いの。しょせんは老人の戯言だ」

「ふん、年寄り扱いしよって! この青二才が」

 

 自分の息子に噛みつくおばあさんを見て、俺はふとあることを思いついた。妖精を外套の内側に隠したまま、少しだけ身を乗り出すように傾けてたずねる。


「でも、この辺りは平和で平凡な土地らしいじゃないか。特別、素敵な詩が伝わっているとは到底思えないよ」


 あの吟遊詩人よりも目立つには──なにか伝説に残るようなすごい詩じゃないとなぁ。

 と、俺は素知らぬ顔でおばあさんに言った。

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