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妖精と剣 Ⅱ

 ――が、その時である。


「さわっちゃダメッ!」


 ヒュンッ! と風を切る音が聞こえた。

 叫ぶ声とともに、誰かがボクの腕を思いきりつかんだ。


「!」


 突然のことに、身構える間もなかった。そのまま突進されて、小さな体ごとなぎ倒される。しばしボクらは地面の上をグルグルと転がり、やがて根にぶつかって止まった。


「うっ、いたたた……」


 ぱちっと、ボクは閉じていた目を開いた。

 瞬間、視界いっぱいに淡いライム色の光が差し込む。思わず体をこわばらせるも、光のなかに浮かんだなじみのある顔に、すぐほっと息をついた。


「あ、ウェンディ」

「あ、ウェンディ……じゃないでしょ!」


 開口一番、怒鳴(どな)られた。

 倒れたまま、ボクはひゃっと身をすくめる。そんなボクをまっすぐ見下ろして、彼女はゼェハァと息を切らしていた。荒い呼吸のたびに、オリーブ色の髪が左右にゆれる。


 妖精ウェンディ。

 それが彼女――いまボクの目の前に現れた妖精の名前だ。


 妖精族は基本、どの子も背格好に変わりはない。大玉リンゴ二つ分の背丈に、丸っこい顔立ち。そして背中に四枚の透明な羽を持っている。


 それ以外の点でウェンディの特徴をあげるとすれば、丸い顔に合わせたオリーブ色のショートヘアに、深緑色の瞳を持っているところだろうか。あと、今日は珍しく彼女のお気に入りの桃色のワンピースを着ている。


(……だけど、彼女のことを語るのならば、その見た目よりも性格のほうを伝えたい)

 

 ウェンディは、妖精族きっての勝ち気な性格の持ち主だ。面倒見はよいが、ケンカっ早いところもあって、ひとたび口を開けば火花が飛び散るとまで仲間内でウワサされている。


「カール」


 体を起こしてから、改めて名前を呼ばれる。ボクは土ぼこりをはたきながら、気まずそうな視線をウェンディに向けた。


「あんた、いま自分がなにをしようとしていたか、わかっているの?」

「え、えっと。その……」


 ウェンディは声を低めて、ボクに問う。

 いまだがっちり腕をつかまれたまま、ボクは目を(およ)がせた。


(呪いの遺物にふれようとしていた。引っぱれば抜けるかもしれない、それを確かめたかった……)


 だなんて、正直に告白できる勇気もない。


 ウェンディとちがって気の弱いボクは、だんまりと顔をうつむかせた。

 長ったらしいクルミ色の前髪が余計に垂れる。よく仲間たちからは、表情がわかりにくいと言われるけれど、下を向けばさらに顔半分が髪に隠れてしまった。


「…………」


 ウェンディは重いため息を吐いた。


(こっぴどく叱られるんだろうな……)


 彼女のイラ立ちを察して、ボクはこわごわと目だけを上げた。前髪の隙間から、こっそり彼女の様子をうかがう。


「……アタシが止めなかったら、あんた死んでいたわ」


 ウェンディはただ静かに言った。

 彼女とは長いつき合いになる。もしかしたら、ボクのやろうとしてたことを察してくれたのかもしれない。

 急に(ばつ)が悪くなって、ボクは小さく「ごめん」とだけつぶやいた。


「フン、なにがごめんよ」


 ウェンディはようやく、つかんでいた手を離してくれた。

 彼女は両腕を組んで、不機嫌そうにそっぽを向く。顔を横に向けたまま、自分の話を続けた。


「こっちはね、あんたを探して里のなかをずっと飛びまわってたんだからね。今日のお昼に、女王様のいる()で集会があることを、あんたすっかり忘れてるでしょ」


 ……女王様の()で集会。

 その言葉に、ボクははっと顔を上げた。そして合点がいったと、ポンッと手を叩く。


「ああ。だからみんな、どこにもいなかったんだ」

「…………」


 ジト目でにらみつけてくるウェンディに、ボクは慌てて事のあらましを説明した。

 とはいっても、じつに間の抜けた話になるのだが……気恥ずかしさからボクは(ほお)をかいた。


「昨日の夜ね、農具の改良につい熱を入れすぎちゃってさ。ベッドから起きたら、もうお昼になっていたんだよね……。

 それで大慌てで外に出たら、みんないなくなってたんだもの。ボク、びっくりしちゃって……ウェンディみたいにあちこち探しに出かけて、それで――」


「……はぁ。ま、そんなことだろうと思ったわよ」


 でも――。

 とウェンディは、(けわ)しい顔でボクに詰め寄った。


「だからって、こんな陰気な場所に来ることないじゃない」

「それはっ……いろいろと悪い方向に考えちゃって」


「まわりにほかの妖精がいなくてよかったわ。だって、ただでさえカールは変わり者で浮いているのに……まさか呪いの遺物に自分から近寄ったなんて知られたら、ますますみんなから避けられるはめになるわよ」


「う、うん。ごめんなさい……」


 またうつむきそうになったが、その前に彼女がびしりとボクの額に指を突きつけた。


「あんたは、このウェンディ様の子分なんだからね」

「!」

「勝手なことをして、アタシの顔に泥を塗ってみなさい。その時は――光の球(ブライトボール)でチリにしてあ・げ・る!」


 ガミガミガミ……。

 こうして、ひとしきりの説教がはじまった。


 ……説教が終わったころには、ボクの顔と心はすっかりしぼんでしまった。反対にウェンディのほうは気分がすっきりしたようで、最初の時よりも眉間のシワはやわらいでいた。


「それにしても」


 ふと、ウェンディの深緑色の瞳が動く。件の十字の遺物へと、彼女の視線が向いた。


「迷惑なものよね。この――」

(つるぎ)だよ、ウェンディ」


 つるぎ?

 と、聞き慣れない言葉に彼女は目をぱちくりさせる。ボクはこくりとうなずき返した。


「うん、(つるぎ)

「なんなの、それは?」


「戦いの道具だよ。武器ってやつさ、人間たちのね」

「にんげん……」


 ボクの口から出た異種族の名に、ウェンディはあからさまに嫌な顔を見せる。

 でもボクは彼女の顔色におかまいもなく、ちょっと高揚した気持ちで、千年樹に突き刺さる遺物についての話をそのまま続けた。

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