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ようこそ妖精の里へ Ⅰ

 話は少しばかり、時間をさかのぼる。


 俺は外套(がいとう)と護身用の剣だけを引っつかむと、木こりのおじいさんの小屋を後にして、森のなかへ妖精の光を追いかけていった。

 大きな月が出ているおかげで、外は普段の夜よりも明るい。出歩くのに松明などはいらなかった。


 とはいえ、やっぱり夜の森のなかは薄気味悪い。延々と続く木の景色のなかに吸い込まれれば、もう二度と帰ってこられないような不安が沸いた。


 また木の影や茂みといった死角から、突然なにかが飛び出してきそうで……一歩足を踏み入れるだけでも、それなりの勇気が必要だった。


(どこに危険が潜んでいるか、わからないしな……)


 とにかく、余計なことを考えないようにしよう。俺はその一点に努めた。ただひたすら、妖精の淡いライム色の光を追うことだけに集中した。


 ふよふよ、小さくなった妖精の光は森の奥へと進んでいく。

 その移動速度は、特別速くはなかった。だが、こちとら足場の悪いなかを歩かねばならないのだ。木の根に足を取られないよう、気をつけて追いかけていった。


 引き離されることはないが、同時に追いつくこともできず。双方の距離の差は、簡単には縮まらなかった。

 幸い、彼らの光は遠目でもよく目立った。豆粒ほどの大きさになっても、星のまたたきのごとく光は俺を導いてくれる。


「ここは……」


 途中、昼間に切り倒した木の脇を通り過ぎた。そういえばと、俺は妖精が言っていたことを思い出した。


「あいつ……倒した木の所まで来たら自力で帰れる、とか言っていたな」


 どうやら、ゴールは近いようだ。

 そんなことを思っていたら、向こうで二つの光が動きを止めた。俺も足を止めて、気づかれないよう手近な木の影に身を潜めて様子をうかがった。

 

「…………」


 さぁ、どうなる?

 すると、二つの光はスッと、低木(ていぼく)の茂みのなかに潜っていってしまった。茂みは二、三度ほど淡く点滅したが……やがて、そのまま輝きは失せてしまった。


「?」


 俺は目をぱちくりさせる。

 急いで、妖精たちが消えた茂みに近づいた。足下の茂みと、まだ奥へと続く木々の景色とを交互に見つめて首を傾げる。


(光はどこに消えてしまったんだ?)


 もしかしたら、どこかで光がまた現れるかもしれない。

 と、用心深く周囲の景色を観察してみても、やっぱり妖精の光が再び暗がりから浮かび出ることはなかった。


「――となると」

 

 俺はしゃがんで、まじまじと茂みを見つめる。


「この茂みに……なにか、秘密があるのか?」


 たしかに、妖精の光がこの茂みのなかに消えるのを見た。俺はもっと姿勢を低く、地面に膝を突いて頭を下げる。意を決して、頭を茂みのなかに突っ込ませてみた……。


「あっ!」


 俺は思わず、声を上げた。


(――トンネルだ!)


 茂みの奥には……なんと、不思議な穴が奥深く続いていた。

 それは動物が掘った土の穴ではない。木の根っこが幾重にも張り巡る奇妙なトンネルであった。


「ん、あれは……」


 暗闇の向こうに、かすかに淡いライム色の光が帯びていたのを、俺は見逃さなかった。

 やがて妖精の光は消えて、穴には暗闇だけが残った。


「…………」


 ごくりと、俺は息をのむ。どこに通じているかもわからない、暗闇の一本道を前に二つの選択肢を思案する。


(進むか、戻るか)


 結局、俺は冒険者の好奇心に負けることになった。地面に腹ばいになり、ずりずりとトンネルのなかを這うことにした。


 まだ成人になりきれていない若い体格だったからこそ、通ることができたのかもしれない。妖精サイズの通路のためかトンネルは窮屈で、何度、体のあちこちが壁と擦れたことか。


(このまま道が狭くなって、途中でつっかえでもしたら……)

 

 どうしようか。ただでさえ、トンネル内部は真っ暗闇なのだ。焦る呼吸と心臓の音に、額からふつふつと汗の粒が浮かぶ。


(ええい、ままよ!)


 なかばヤケになっていた。俺は前へ前へと、無我夢中で這いずり進んでいった。

 こうして俺は無事に妖精たちの住処へとたどり着いたのである。



 * * *



「誰がマヌケ面だって?」


 俺は思わず言い返した。

 相変わらず、妖精の口の悪いこと。こちらも、悪態の一つでもついてやろうと口を開きかけたが……妖精たちのあまりの驚きっぷりに、少々気が引けてしまった。


 二人の妖精は羽をピンと伸ばして、そろって硬直している。


「あ、あんた……なんで? なんでここにいるの?」


 口をぱくぱくさせて、妖精――ウェンディと呼ばれていたほうが言った。絶句と言わんばかりの大げさな反応を前に、俺はからかい半分におどけてみせた。


「ハハッ、じつはおまえの後をついてきたのさ」


 わざとらしく茶目っ気を出して、舌先を見せる。が、妖精二人の顔は変わらず、真っ青のままだ。ここまでくると、俺もさすがに気まずさを感じはじめて、改めて妖精たちにたずねた。


「あ、なんだ……やっぱり、勝手に入ってきちゃ――まずかったかな?」


 頬を指でかき、視線を斜め下にそらす。すると突然、明るいライム色の光が顔に接近してきた。


「バカッ!」

「うわっ!」


 妖精ウェンディだ。彼女はポカポカと、小さな手で俺を叩いた。


「バカバカバカッ!」

「お、落ち着けって……!」

 

 ウェンディの攻撃を、俺は後ろ歩きで避けながら、なんとかなだめようとした。


「怒るなよ。す、すぐ帰るからさ……」

「当たり前よ! 人間がこの妖精の里に侵入するなんて、前代未聞(ぜんだいみもん)の大事件だわ!」


 帰るなら、今のうちよ。

 と、彼女は俺から離れると、ビッっと遠くを指さした。その指が示すのは、さっき俺が通ってきたトンネルのある方向だった。


「まだほかの妖精は寝ているから、いまのうちに。念のため聞くけれど、あんた、誰にも姿を見られていないでしょうね?」


 厳しい目で問い詰められ、俺はとりあえずトンネルの出口に見張りらしき妖精が居眠りしていたことだけを伝えた。それ以外の妖精にはまだ出会ってないと話せば「そう、それならよかった」とウェンディは安堵(あんど)の息を吐いた。

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