終末の日の昼 チェルト編Ⅱ
憎くて恐ろしい敵である人間の元で過ごす、悪夢の日々。
しかし幸運なことに、この四日間、食べ物にだけは困ることはいっさいなかった。
(すべて人間サイズの量で食料が備蓄されているから、四人で分け合っても事足りるどころか、十分すぎるのよねぇ)
非常時でなければ、秘密基地にうってつけの場所だ。
ふふっと、ワタシは笑みを浮かべて、あぶりキノコのかけらを菜っ葉でくるんだ料理をありがたく口に運んだ。
野菜も、木の実も、干した果物や薬草などなど。妖精の里の倉庫以上に、ここにはなんだってたくさんそろっている。
むしろ、里で配給される食事よりも、好きなものを好きなだけ食べることができる分……おおっぴらには言えないけれど、こちらのほうが満足度が大きかった。
もしゃ、もしゃ。
みな一心に、並べられた食べ物にかぶりついている。
ワタシも次なる獲物をと、優雅に手を伸ばした。その時、ふと誰かがくぐもった声でこう言った。
「ご飯食べ終わったらさー、いったん里に帰ってみない?」
伸ばした手がびくっと震えた。つかんだ木の実が、ワタシの指先からすべり落ちて転がった。
「もうお日様が一番高いところにあるのに、あの人間、全然帰ってこないよ? いつもはお昼ご飯食べに、ここへ帰ってくるのにさー」
案外、この隙に外に逃げることができるのでは?
と、その妖精の言うことに、モグモグ口を動かしていたほかの妖精たちもうなずいた。うちの一人が立ち上がってテーブル端へ移動し、窓から外を覗く。
「どう、いました?」
「……ううん、お外の畑にはいないれり」
「うはっ! やっぱりこれってチャンスだよー!」
チェルトも、そう思うよね?
と、三人はいっせいにワタシの顔をうかがった。
落とした木の実は、そのままテーブルの上を転がる。
「ダ、ダメよ! 絶対にダメッ!」
「!」
当然、ワタシは声を高くして反対した。座ったままの姿勢で前のめりになり、強い言葉を使って三人に訴えた。
今度は三人がびくっと震える番だ。けれど、あまりにも強い声で否定したものだから、そのうちの一人がけげんに眉をよせた。
「でも、チェルト……チェルトは最初、ここから動かないで、大人しく里からの救援を待っていたほうがいいって言ってだけど――」
「もう何日も経つじゃん! なのに、ぜんっぜん助けが来ないれり……」
「うっ、それは……」
小屋へ逃げ込んだ最初の日に、妖精の里からの救援を待つと決めたのは、このワタシだ。敵前逃亡した妖精が伝えてくれるかもしれないし、最悪、自分たちがいなくなったことに気づいて捜索がはじまるかもしれない、と。
「そ、それが人間の思うツボ、なのかしら……!」
つぼぉ? と声をそろえて繰り返す三人の妖精たち。
ワタシはすぐに澄ました顔をつくって、首を傾げる三人に向かって「ええ、そうよ」とうなずいた。
「いいこと、ワタシたちはすでに襲撃の時に、あの人間に姿を見られているのよ? 当然、この小屋に逃げこんだことも、人間はわかっているの」
だのに、自分からワタシたち妖精を探そうとしない。そのことがが意味するのはたった一つ――。
「狩りを楽しんでいるのかしら」
「か、かり?」
「ええ、そう。恐ろしい人間の性格を考えれば、合点がいくわ。あの人間はね、戸棚や家具の影に隠れて忍ぶワタシたちを精神的にまいらせようとしているの。
それでとうとう、里が恋しくなり耐えられなくなって、外へ姿を現したところを――」
視界の端にちょうどよく、転がった木の実が映った。
ワタシは木の実めがけて、振りかざした拳を叩きつけた。ペチャッ、弾けた赤い汁が恐怖に歪む三人の顔を汚した。
「一網打尽にする気なのだわ!」
きっと、かならずね。とワタシは少し興奮する気持ちを抑えながら言うと、自分の顔にも飛んできた汁をきれいなほうの手でぬぐった。
(……ちょっと、熱弁がすぎてしまったかしら)
妖精は、みんな根が臆病だ。
たちまち意気消沈して、ブルブルと肩を寄せ合う三人の姿を見て……さしもワタシも罰の悪さを感じるのであった。
(でも今さら、おめおめと里に帰れない……)
勝手に突っ走って危険なことをしたと、女王様にとがめられるかもしれない。
あの優しい女王様が怒る姿は想像もつかないけれど、もし呆れられたり、失望されたらと思うと胸がきゅっと痛む。
(だったら、せめて救助される側にまわって、少しでも同情を誘えれば)
そんなふうに邪なことを考えて、この場所に留まったのに。
いまや四日目だ。正直、引くに引けないところまで来ているのは、自分でもよくわかっていた。
「あなたたち、この前も見たでしょ? たくさんの数の人間たちがこの小屋にやって来たのを」
「う、うん。あれは怖かったれりー」
「戸棚に隠れてこっそり聞いた話によれば、なんでも人間たちのかけた橋が壊れちゃって、材料となる木がたっくさん必要になったらしいじゃない。
木を切りに今もまだ、多くの人間が森のなかをうろついているかも……」
だから、外に出てはダメなのかしら。
と、さらに念を押してみる。これくらい脅かせば、当面はまだワタシことチェルトの言うとおりに動いてくれるはず――。
「ごめん。やっぱり、ぼく、里に帰りたいな」
――だが、高をくくっていたワタシの思惑は、一人の不安げな声に容易く吹き飛ばされるのであった。
「だって女王様や、里のみんなが心配なんだもん」
その一言に、この場にいる全員の羽がピンと立った。
無論、わたしの羽も。