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終末の日の朝 カール編Ⅲ

 女王様の元に戻る前に、ボクは一カ所だけ寄りたい場所があった。


「……あった」


 青灰色に変色している根っこの群れを避けつつ、大樹のふもとにてボクはそれを見つけた。


 十字の遺物こと、人間の剣だ。以前となんら変わりなく、錆びた刃は深々と大樹の根元に突き刺さっている。


(恐ろしい赤錆色も相変わらずだな)


 しかし、今となっては周囲の青灰色の木肌のほうがずっと怖いものに感じる。この赤錆色が目立っていたおかげで、剣の居場所を見つけるのは前よりも楽だった。


「あの時、ノシュアさんは目いっぱいの力で、剣を引き抜こうとした……」


 けれど、彼には呪いの剣は抜けなかった。

 女王様が言うにはただの人間ではなく、この剣を突き刺した者の血筋を引いていないとダメらしい。また、その人間がこの森の近くに現れたから、大樹の呪いも強まったのだと。


 あの二人は出会えたのだろうか。

 その血筋を引く人間とやらに……。


(どんな人が、この剣を千年樹に刺したんだろう)


 剣と十分に距離を取った位置から、ボクひとり考えた。


 呪いのはじまりは、ボクら若い世代の妖精たちが生まれる前までさかのぼる。遠い昔に、人間と妖精が争い合っていた時代があり……そこから気の遠くなるような時間を経て、ようやく千年樹も、妖精族も滅びを迎えようとしている。


 呪いが成就し、剣を刺した張本人もさぞかし喜んでいるにちがいない。死してなお、叶えたい願いであったのかは考えたくはないが。


「なにも悪いことしていないのにな、ボクら……」


 呪いをかけた人間が憎い……という気持ちよりも、ボクはどうしてか、悲しみのほうが(まさ)ってしまった。


(この妖精の里は、ボクには退屈な世界だった)


 毎日毎日、変化のない生活に飽きていた。

 森のなかで人間の小屋を見つけた時は、もちろん恐れもあったけれど、それ以上に真新しい刺激に夢中になったものだ。


 まだ見ぬ世界がある。そう考えただけで、どんどん自分のなかで想像が膨らんでいくのを感じた。同時に罪悪感も強まって、里のなかでは自分の気持ちを押し殺していたが。


 もっと知りたかった、いろんなことを。

 たとえ、外の世界で生きていける時間が短かったとしても。


「今となっては、もう遅いけど」


 ただ待つことが、こんなにつらいのなら。無理を言ってでも、ウェンディたちといっしょに冒険しにいけばよかった。


(そうだな、人質の代わりにボクの一年分の食事を差し出せばよかったのかも。もしくは試作品の道具たちとか、大事にしている石のコレクションとか。それから……)


 心臓の鼓動が、どくどくと高まる。

 弱気のモヤが晴れるだけで、心ってこんなにも明るくなるものなのか。


 だからこそ、一方で悔やむ気持ちの影も色濃くなる。

 ああ、ボクってやつは、どうして自ら行動することを恐れてしまったのだろう、と。


「本当に、二人とも戻ってくるかな……」


 戻ってきたとしても、無事に剣を引き抜くことができる人間を連れてこられるかどうか。

 はたして――。


『たとえ、あの剣が抜けたとしても』

「へっ?」

『すべて元通りになるかしら?』


 ふいに、冷たい声が頭のなかに響いた。

 池のお洗濯当番の妖精にかけられた言葉だ。そのたった一言に、ボクの浮き立った気持ちはたちまち暗い闇の底に引きずり戻されてしまった。


「ウ、ウェンディ……」


 不安に取り憑かれて、急に息が苦しくなる。

 同時に頭がひどく痛い。縄でぎりぎりと締めつけられるような、きつい痛みにボクは身をよじった。


(な、なにこれ)


 ガクガク、体が宙で震える。

 冒険に憧れていた気持ちが、ウソのように消えた。ふたたびボクは、ただの臆病者の妖精カールへと戻ってしまった。


(きっと、この場所に長く留まり過ぎたせいだ……!)


 長ったらしい前髪の隙間から、ボクは向こうに見える赤錆びた剣を恨めしくにらんだ。


 物言わぬ剣はただ静かに、たたずむだけであった。

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