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終末の日の朝 カール編Ⅱ

 ただいま、ボクは四人のお料理当番の妖精たちと一緒に、池を目指して移動をしている最中である。


 ボクはこの七日間、ずっと人質として過ごしていた。だから、外の様子がどうなっているかなんて、まったく知る由もなかったのだが……。


「ひどい……」


 覚悟はしていた。女王様のいる集会所の地面だって、あんなにチリで汚れていたのだ。

 でも、だからといって……まさか、妖精の里全域が青灰色の一色に染まってしまったとは!


(もう芝生の上に寝っ転がって、お昼寝できないな)


 それどころか、地面を歩くことすらままならない。宙を飛んでいたボクは、眼下に広がる現実に目を背けた。


 背けた目を、前にいる彼ら一人ひとりの顔色に向ける。

 この間も、はらはらと青灰色の葉っぱが降ってくる。地面が汚れたのは、葉っぱの降る量が以前よりも増えたことが原因だ。今もこうして、服や帽子がチリに汚れていく。


 けれど四人とも顔色一つ変えずに、淡々と羽を動かしていた。


(もう、すっかり慣れた。って、感じなんだね)


 ボクは胸を押さえた。同じ妖精なのに自分だけがこの非常事態を知らなかったのだ、とてもいたたまれない。


(そういえば……)


 ほかの妖精たちは、どこへ行ったのだろう?


 疑問に思って、ボクはあちこち見まわした。

 まだ午前中だ、日も高く上りきっていない。割り当てられた仕事に、誰もが精を出している時間帯のはずなのだが。

 

 ふと、地上のさる一角に目が止まった。


「あれ? 畑に作物がなにもない」


 早めに収穫してしまったのかな?

 たしかに作物がチリに汚れてしまうのはまずいが、なにも土のなかの根菜まで全部掘り返すことはないのに……。


 と思っていると、ボクのつぶやきを耳で拾ったのか、前を飛んでる妖精たちが事情を教えてくれた。


「ええっ! 食料の奪い合い!?」


 なんと現在、妖精たちの間で――激しい食料争奪戦が起きているのだという。これまた、とんでもない情報にボクは言葉を失った。


 『里の食べ物はみんなで仲良く、公平に分けましょう』が妖精族のお約束だったのに。滅びを前に、みなヤケを起こして無法状態となっているのだ。


「その点、僕たちは賢いからね。女王様のお食事の分だけは、秘密の場所に隠して取ってあるんだ」

「そうなんだ……」

 

 フフン、と白帽は得意気に言った。ちなみに、割り当てられているお仕事も、真面目にこなしている妖精は今はほとんどいないらしい。


(女王様は、なにもおっしゃらないのかな?)


 その女王様の呪いの影響で日に日に弱っているのだ。もはや女王様でさえ、妖精たちを統率する力はあまり残っていない。当人もおそらく、すべて承知の上でこの状況を放置なされているのだろう。


(こ、こんな時にせめて、ウェンディがいてくれたら……!)


 彼女だったら、無法者の妖精たちを一喝してくれるだろうか。

 勝ち気で好戦的な彼女が、いつも以上に頼もしく思えた。だけど、残念ながら彼女はいま見知らぬ土地にいる。悔しさともどかしさから、ますます不安が増していった。


「あっ、見るれす!」


 緑帽がおもむろに指をさす。

 見れば、ようやくほかの妖精たちの姿がそこにあった。なにやらドタバタ騒がしく、小屋の前でツボを奪い合っている。


「大変でっす!」


 と、赤帽がわたわた手を振りまわした。


「あそこは養蜂所でっす! もしやもしやの、蜂蜜の奪い合いっすか?」


 ちなみに蜂蜜は稀少品で、特別な行事のある時以外めったに口に入らない食べ物だったりする。


「たたた、大変れす! あそこには、こっそり隠している食料もあるんれすよ! 見つかっちゃったら大惨事れす!」

「まずい、ケーキも作れなくなる。よし、急いで死守しにいくんだ!」


 オーッ! と威勢よく拳を振り上げたのち、三人の妖精はひゅーんと飛んでいってしまった。


 ぽつんとひとりだけ、青帽の妖精がその場に残った。「君は行かなくていいの?」と僕が尋ねると、彼はふるふると首を振った。


「もうケンカは、うんざりなのん……」


 涙声に、ボクはなにも応えることができなかった。



 * * *



 ボクと青帽の妖精は、ようやく池にたどり着いた。

 そこには大量の衣類に山を背に、洗濯と格闘している二人の妖精がいた。


「あの、お洗濯お願いしたいんだけど……」


 ジャブジャブ、手を動かしていた二人のうちの片方が、ギロッと怖い目でボクらをにらんだ。


「もう、なんなん! また増えるん!」


 ヒステリックな金切り声に、思わず耳を塞いだ。同時に、とても申し訳なく思う。


 こうしている間にも天上から降る青灰色の葉っぱのせいで、積まれた山の衣類は次々に汚れが広がっってしまう。また池の水も濁っているせいで、服の汚れもいま一つ落ち切らない。


「ウチ、もうイヤや! 仕事やめる!」


 バッシャン。

 洗っていた服を、そのまま池に叩きつけた。青灰色の飛沫が飛び散るなか、その妖精は無言で去っていった。


 残ったのは一人だけ。さっきから顔も上げずに、その妖精は黙々と服を洗っていた。


「いいよ、そこに置いてて」

「え……」 


 彼女は淡々と言った。

 ボクと青帽は顔を見合わせる。頬にかかった飛沫をぬぐうだけで、いっさい動じる様子を見せないその妖精に、ボクはおずおずと尋ねてみた。


「君は逃げないの?」

「…………」

「みんな仕事を投げ出してるのん。マジメなのはお食事当番か、門番くらいなのん」


 最後のお洗濯当番の妖精は、依然として手を止めようとしない。やや間を置いてから、彼女のきゅっと閉じられた口から、ぽつりと小さな声がこぼれた。


「責任は最後まで持ちたいの」


 大事なお仕事だから。

 と、彼女は言った。けして明るい声ではなかった。


「……そう」


 結局、ボクらは汚れた服を渡せなかった。どうせ立っているだけで、ばふんと、青灰色のチリに汚れてしまうのだ。べつにこのままでもいいと思った。


「というか君、ボクが外に出てても驚かないんだ」


 ここでようやく、お洗濯当番は顔を上げた。ボクこと『大罪人のカール』を前にしても、やっぱり反応は薄く「うん、まあね」と平坦に答えた。


「もうね、なにが起きたって驚く気力がないもの。知ってる? あのチェルトだって、里から逃げたらしいのよ」

「チェルトが?」


 コケモモ色のきれいなロングヘア。

 思わぬ人物の名に、ボクは驚いた。話によれば、数日前からほかの妖精と一緒に姿を見せていないらしい。


(こういう時にこそ、彼女みたいな強気な子がまとめてくれたらよかったのに)


 妖精は森から離れられない。だからきっと、自分たちだけの食料を確保して、どこかに隠れているという話だが……はたして。


「これはただの自己満足なの」


 と、お洗濯当番は言う。少し手を止めて、彼女は額の汗をぬぐった。


「だから、お仕事は続けるつもりよ? 最後の最後まで……この妖精の里が滅びるまでね」

「ぶえーん、死んじゃうのヤダー!」

「…………」


 青帽がまたぐずつきはじめる。チリに汚れた袖で顔を拭くものだから、ひどいありさまだ。


 つられて鼻をすする音が聞こえたと思えば、お洗濯当番も顔をうつむかせている。その目からは、ぽろぽろ涙がこぼれていた。


「だ、大丈夫だよ! 二人とも」


 ボクは無理やりに、声を張った。


「今日はウェンディたちが、里を出てから七日目になるんだ。帰ってくるんだよ、きっと解決の術を持ってさ」


 そうだ。ボクたちにはまだ希望がある。

 ウェンディと、人間のノシュアさん。今頃、こちらに向かって足を速めているにちがいない。


(剣を抜くことができる、血筋の人間を見つけて……)


 あの剣さえ抜ければ、いいんだ。

 あの……大樹に突き刺さった、呪われた十次の遺物さえ――。


「……まだそんなことを信じているの?」


 ふふっと、暗い声に笑われる。


「わたし思うんだけど、たとえあの遺物が抜けたとしてもね……すべて元通りになるかな?」


 パシャパシャ。水の音だけが辺りに響く。


「なにもかも、丸く収まって、また前のような平穏な妖精の里の生活に戻れるって……ううん、わたしはどうしても思えない」


 そんな都合のいいことが起きるわけないじゃない。

 と、お洗濯当番は言った。


「…………」


 わかっているよ、そんなこと。

 言い返そうと思ったけれど、やめた。


 青帽の妖精とは、ここで別れた。彼はお洗濯当番の妖精の手伝いをすると言って、池に残ることになった。

 本人曰く「ひとりぼっちはイヤだから、ここにいるのん」とのこと。お洗濯当番は、肯定も否定もせず、ひたすら自分の仕事を続けた。


 シャバシャバ。お洗濯する水の音が二重に響く。

 ボクは静かに、その場を後にした。

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