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休日

作者: 日野あべし

今日は日曜日。休日だ。俺の会社は、だが。

特に予定もなく、朝は11時ごろ起きて、そのまま朝飯だか昼めしだかわからん飯を食う。

食い終わったら大してうまくもないインスタントコーヒーを淹れ、ボーっとネットに転がっている動画を見る。


ここ何年かはこんな休日を過ごしている。

特別友人が多いわけでもなく、密に連絡を取る相手がいるわけでもない。

友人と連絡を取るのだとすれば、年末年始の忘年会、新年会、あとはちらほら会ったり会わなかったりだ。

勿論、パートナーがいればまた話は変わってくるが、そんなものいもしなければ、出会いもない。

そんなんだから両親からは見合いをせっつかれ、それを断るのに苦心している。


このままいけば、ものの見事に何の楽しみもない老後に真っ逆さまだ。


いつものようにインスタントコーヒーを啜っていると、スマホから着信音が鳴った。

大学時代からの友人からだった。

「おう、宗吾!元気してるか!」

この元気な声は、タカやんからだ。

闊達な男で、だいたい大学時代のメンバーで集まるとこいつが会話の中心だ。

「おう、久しぶり。電話くれるなんて珍しいな。」

「いやぁ…。実はさ。」


話を聞くと、どうやら奥さんが病気をしたらしい。なんの病気かは話してくれなかったが、入院が必要だそうだ。その影響か娘さんもふさぎ込みがちらしい。

「なんていうか…。ほんとまいっちゃうよ。」

「そうか…。」

かける言葉が見つからなかった。

こういう時なんて声をかければいいか迷ってしまって、声をかけるのを躊躇してしまう。

「まぁ…そんな状態なんで話を聞いてほしくてさ。悪いね、こんな暗い話で。」

「いや、大丈夫。寧ろ話してくれてありがとう。」

また連絡するとのことで、電話は終わった。


しばし、ぬるくなったコーヒーを啜った。

そうだ。生きていれば色々あるものだ。それは良いことだけではなくて、悪いことも勿論ある。

タカやんの大変な状況に比べれば、自分の何事もないことが、どれだけ平和なのかよくわかる。

それから考えれば今の自分も悪くないんじゃないかと思えてくる。

何事も起こさず、ただ平坦に生きている自分も悪くないんじゃないかと。



正直、それでは割り切れなさそうだ。腑に落ちないのが自分でもよくわかる。

何事も起こさず、の結果が今だ。不満もないが満足もない。

タカやんは自分からパートナーを見つけ、家庭を作り、子供を授かった。

そして幸せであろう時もあっただろうが、今はこうなっている。

それを悪いとは、俺は思えない。

それこそ、良いこともあれば悪いこともあるのだ。


時計を見たら、すでに午後3時になっていた。

気分転換にコンビニに行くことにした。

服装はいつも通りスウェットに厚手の上着を羽織っていく。マフラーも必需品だ。

外は冬真っ盛りなので、このぐらい着こまないと寒い。


外に出るとすでに日は傾きかけていた。

子連れの若い家族や、散歩中であろうご老人、ジョギングをしている学生らしき若者など様々だった。

ここら辺は住んでいる層が若年から老年まで様々だ。

かくいう俺は一人身の寂しい散歩である。一時気負いがあった時期もあるが、今ではなんとも思わなくなってきた。


コンビニまでは徒歩三分。もはや散歩と言えるかも怪しい。

コンビニにつくと、元気ないらっしゃいませで迎えてくれた。コンビニに来るといつもいるアルバイトの女子高生だが、普段何気なく見ていると、テキパキと仕事をこなしているように見える。

うちの会社にもこういう若い子が入ってくれれば、職場の雰囲気も変わるだろうに。なんて考えてみたりする。


「お願いします。」

「お預かりします!」


その子がいつもレジをしてくれるのだが、こんなおっさんにも愛想よく対応してくれる。

俺のちょっとした楽しみである。

「7点で合わせまして2860円です!」

「じゃぁ、3000円でお願いします。」

「はい!3000円お預かりします!」

応答が一つ一つハキハキしている。何だかこっちも元気が貰えてる気すらする。

「仕事、頑張ってね。」

珍しく、ついつい言葉をかけてしまった。

一瞬、その子はきょとんとしたが、そのあと満面の笑みで、

「ありがとうございます!」

と言ってくれた。



勿論帰りも徒歩三分である。

あのアルバイトの子のおかげで少し、気持ちがスッとした。

今度お礼に何かできないか、とも考えたが、差し出がましいだろうと考え直した。

たまにお年寄りの方で、店員さんに気さくに話かけているところを見かけるが、今は少し羨ましくもある。

そんなことを考えていたら、あっという間に自宅のアパートに到着した。


午後3時半。おそらく一般的には少し早いだろうが、いつもこの時間帯に風呂に入っている。

湯を沸かし、着替えの寝間着と下着を脱衣所に置き、風呂に入る。


「はぁ…。」

この時期に湯舟に入るのは本当に至福である。

ボーっと天井を眺めながら入っていると、心のデトックスをしているようだ。

まぁ普段デトックスなんて洒落た言葉は一切使わないのだが。


正直、動画を漁っているときは何も心に残らないのだが、今日のようにタカやんやアルバイトのあの子など、人と関わると思うところが出てくるものだ。

ひたすら動画を漁っている日もあるが、何か目的や趣向をもってしてみているわけでもなく、ただ垂れ流しているだけだ。それでは何も残らないのも当然だろう。


タカやんは大丈夫だろうか。あのアルバイトの子は今もテキパキ働いているのだろうか。

ボーっと考えながら湯舟にゆっくり浸かる。ちょっとタカやんのことが心配になってきた。

風呂から上がり、スマホを手に取ると早速タカやんに電話をかけた。

「おう、どうした宗吾」

「いやぁ、ちょっと心配でさ。俺に何かできることがないかと思ってさ。」



結果的に、来週の土曜にタカやんの奥さんの見舞いに行くことになった。

病名が明かされないままお見舞いに行くことになり、少々困っているが、まぁ顔を見せに行ける様ならそこまで深く考えなくても大丈夫なのかもしれない。

また、何か必要な時があれば連絡をくれるそうだ。


少しほっとした。

自分のことではないのだが、何かできることがあったからなのか、何もしないことが気持ち悪かっただけだったからのかはわからないが、とにかくタカやんのことについては少し落ち着けた。


時計を見るとすでに5時を回っていた。つい長電話をしてしまったようだ。


さっき買ってきたコンビニ弁当を電子レンジで温めて食う。飲み物はいつもの安い発泡酒だ。

俺は食事をする時はテレビを見ない。特に見たい番組があるわけでもない。

コンビニ弁当もなかなか旨いものだが、たまには手料理を食べたくなる時がある。

そんな時は大抵昔お袋が作ってくれていた煮物を思いだすものだ。


飯を食い終わると、あとは布団で横になる。眠るわけではないが、布団にこもりタブレットでまた動画を見るのだ。

改めて考えてみると、なぜここまで動画を見るのか不思議だ。特別、コレというみたい動画があるわけでもなく、ただ眺めているだけだ。


俺はタブレットの電源を落として、仰向けになり天井を眺めた。

本当にこれでいいのだろうか。もっと他にやりたいこと、やれることがあるのではないか。

ただ惰性で過ごしているこの時間を、それこそタカやんの為に使えたり、何か心に残ることが出来るのではないか。


しかし、タカやんやアルバイトの子のおかげで少し、何かがもらえた気がする。

明日は仕事だが、いつもと違うことが、もしかしたら、ちょっとだけ、できる様な気がした。

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