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「いつもの」 〜丘の街の不思議な喫茶店〜  作者: 牧田紗矢乃


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8/10

十二月、雪明かり(中)

「あれは、私が親元を離れて初めての冬のことでした。

 その頃の私はまだまだ未熟で、食べるものもろくに見つけられないでいましてね。何かありやしないかと探し回るうち、集落の方へと迷い込んでしまったんです。


 ゴミを漁ろうものなら人間が木の棒を手に追いかけてきましたし、あちこちの家で飼われていた犬にも吠えられましてねぇ。

 憔悴しきって植え込みの隙間に隠れていたんですよ。


 雪もはらはらと降りはじめて、あっという間に辺りは白く染めあげられました。

 冷たい北風を浴びながら、ああ、ここで死ぬんだなあと思ったものです。


 死ぬのを待ち始めて二、三日経った頃でしたかね、小さな男の子がやってきたんです。

 男の子は両手いっぱいにドングリを握りしめていました。そして、私とドングリを交互に見比べて『あげる』と言ったんですよ。

『お腹が空いてるんでしょ? 食べなよ』ってね。


 それはそれは驚きましたよ。

 そして、疑いました。これは何かの罠なんじゃないか、って。


 人間ってそういう所があるじゃないですか。

 餌を置いておいて食い付いた所を捕まえる罠。あれに掛かった仲間を何匹も見ていましたからね。


 疑心暗鬼で、でも空腹には耐えられなくて。

 一か八かで食べたんです。普段そんなものなんて食べやしないんですけれど、あれは美味しかったですねぇ。


 私が夢中でドングリを貪っている間に男の子はいなくなってしまいました。


 もちろんその程度じゃまだまだ空腹だったんですけどね、生きる活力が湧いてきたんです。

 それで山へ戻って、どうにかひと冬を生き延びました。


 暖かくなってから、お礼をしたいと思ってまた集落に降りていったんですよ。

 けれど、男の子を見付けることはできませんでした。


 しばらくして知ったんですが、男の子は冬と春の境の時期に他所へ移り住んでいたらしいんですね」


 記憶を辿るように訥々(とつとつ)と語り続けていたマスターはそこで一旦言葉を区切り、水を口に含んだ。

 寺岡はマスターの話が何を言わんとするものなかのか思考を巡らせながら、最後の一口になったオムライスを口に運ぶ。


「私は男の子を探しました。

 幸い人よりも随分と鼻が利きましたからね。男の子の匂いを忘れないように、しっかりと記憶に刻みつけてあちこち旅して回ったんです。

 何年も、何年も。


 けれど、とうとう男の子を見つけられないで私は寿命を迎えました。最後の時、途切れゆく意識の中で神様に祈ったんです。

『どうかもう一度あの男の子に会わせてください。お礼をさせてください』と……。


 その願いが通じたのか、私は新たな生を受けました。しかも記憶も鮮明なままで。


 それから数年が経った頃のことです。私は街中で懐かしい匂いを嗅ぎました。

 ずっとずっと探していた匂い。うんと背が高くなっていましたし、匂いも少し変わっていましたがすぐにわかりました。

 あの時の男の子だと。


 神様のおかげだとずいぶん感謝したものです。

 とはいえ、そのまま男の子に近付いていくわけにはいきませんでした。


 なにせ、私の姿は人間と違っていましたし、言葉も話せませんでしたから。

 そこで、私は男の子を物陰から見守りながら人間の言葉を覚えることにしたんです。


 きちんと言葉が話せるようになるまで、十年以上は掛かりましたね。そして、その頃にはまた寿命が……。

 そこで私は再び願いました。

『今度はもう少しだけ命を伸ばして、あの男の子に恩返しをさせてください』と。


 次に出会った時、男の子は二人の子供の父親になっていました。

 仕事も忙しそうで、毎日がとても充実しているように見えました。

 それこそ、私が入り込む隙なんてないのだなと思うほどに。

 下手に介入して彼の幸せを邪魔してはいけませんから私はしばらく様子を見守ることにしたんです。


 その時から長いこと経ってしまいましたが、ついに私の願いは聞き届けられたようです。

 三度目の命が尽きる前に間に合って本当に良かった」


「……おい、マスター」


 寺岡は困惑の表情を浮かべながら隣に座る老人に視線を向けた。そして、その姿にハッと息をのむ。

 丸椅子に深く座るその臀部から力のない尻尾がだらりと垂れているのだ。

 マスターは尻尾に負けず劣らず、悲しげな面持ちで寺岡に問い掛けた。


「寺岡さんはお忘れになりましたか?

 ……あなたの長い長い人生においては、私との出会いなどほんの些末な出来事でしかないのでしょうけれど……」

「たしかに、俺にはこんなじいさんを助けた覚えはない。けどな、小さい頃――小学校に上がるか上がらないかくらいの、本当に昔だ――その頃にキツネに餌をやった記憶はあるよ」


 寺岡が答えると、マスターの顔が一気にほころんだ。


「ちょうどクリスマスの日だったな。ケーキを作るのに生クリームが足りないって言っておつかいに出されたんだ。けど俺は途中の道端に落ちてたドングリを拾うのに夢中になってたみたいなんだよな。

 あんまりにも帰りが遅いからって探しに来た母ちゃんにしこたま怒られたのを覚えてるよ。

 せっかく拾ったドングリをそのまま捨てて帰るのはもったいないから握りしめたまま歩いてたんだよな。そしたら植え込みの中に動物がいるのが見えて、こいつにあげようって思ったんだ」


 でもそれだけだよ、と寺岡は付け加えて言う。

 礼を言われるようなことなんてしていないし、ましてこうして恩返しをしたかったなどと言われることなど想像もしていなかった。

 まるで昔話の世界だと寺岡は小さく笑った。

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