カオヤイのピー6
落ち着け、落ち着くんだ。
武器は……無い。格闘術も習っていない。考えろ、この窮地を脱する方法を……!
アイツが、店主が来る。
ポケットを弄って出てきたのは携帯電話のみ。電源は入るが、圏外で助けは呼べない。
待てよ……地の利はこちらにあるのでは?
かなりの暗闇だ。俺は目が慣れてきた。だが、店主がここに入ってきても、暫くは真っ暗で見えないんじゃないか。
だとしたら俺のほうが、先に相手を見つけられる。先手を取れる。
それに……そうだ。携帯電話がある。
「ヒ、ヒヒッ……! ヒヒッ」
不気味な笑い声が聞こえてきた。すぐに俺がクローゼットの奥に居ると分かったようで。こちらへ向かって来る影が見える。そうして、すぐに店主が隠し部屋に入ってきた。
まだ俺の姿は見えていないようで、立ち止まり、目を細め、闇の中を探しているようだ。
あれは、何かに成り果てた者。気さくな笑顔は無く、鬼の姿がそこにはあった。
手には鉈を持っており、力強く握られている。
もう疑うべくもない。俺を殺す気なのだ。
「おい、こっちだ!」
「!?」
店主が充分に部屋に入ったのを見計らって、俺は叫んだ。口角を吊り上げ、笑っていた店主が、無表情になる。
俺は携帯電話をカメラモードにして、ライトをオンにした。
そしてそれを店主へ向ける。目眩まし作戦だ。店主が呻き、顔を歪ませた。
「ぐっ、待て……ッ!!」
俺は飛び蹴りを食らわすと、急いで部屋を飛び出した。
そのまま宿を出る。一目散に走り出し、とりあえず村から離れようと考えた。
カメラのライトが部屋を照らした時、視界の端に人骨が見えた気がした。
もし気のせいでなければ……。きっと、俺は死ぬ。
逃げなければ……。
途中、村民と遭遇する。成り行きを見物していたのだろうか。俺と目が合った。
だが途端に表情を一変させ、俺を追い掛けて来た。どうやら勘付いたようである。
「おい、待てェ!」
「待つわけないだろッ!!」
制止を振り切り、森の中をひた走る。
全員が、俺を狙っていた。一、ニ、三……村民の数が徐々に増していく。
これは村ぐるみの罠だ。迷い込んだ人間から全てを略奪する為の。
甘い言葉で誘い込み、獲物に襲い掛かる。俺はエサで、ここは彼らの狩場なのだ。
都市伝説なんかじゃない。本当にあったんだ、人を喰う村が。
今、住民達はライトを片手に、血眼になって俺を探している。宛らサーチライトの下、身を潜めながら逃げる囚人のようである。
俺は木々の中に逃げ込んだ。だが、急ブレーキをかけ、停止する。
前方に動く物体があった。薄闇でも分かる黄色と黒の縞模様、逞しい四肢、大型の動物。
それから、猫のような顔面……虎だ。
「……ウソだろ」
本当に運が悪い。何故、また……。
きっと、村に来る途中に遭遇したヤツだ。俺を付け回していたのか。
今度ばかりは終わった。
「グルルルッ!」
虎が唸る。俺の出方を窺っているようで、姿勢を低くしてゆっくりと距離を詰めてくる。今にも跳び掛かってきそうである。
最早これまで。猛獣を相手に、俺に勝ち目は無い。
頼りのグロック17は紛失。携帯電話の目眩ましも通用しない。
虎を睨みつけながら、後退していく。
クマと出遭った時、視線を逸らさず後退しろ、なんて言うが……。どうやら見逃してくれそうにない。
そうだよなぁ……。