表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カオヤイのピー  作者: さっさん
2/7

カオヤイのピー2

 ◇◇◇


 来てみたものの、俺は少し後悔している。

 カオヤイは避暑地として有名なのだが、今はタイの冬季。鳥肌が立つ程の涼しさだ。

 車でバンコクから三時間。実地訓練の名の下に、メガミ、ゾフィ、ロジー、カメコウ、それから俺。全員参加だった。

 最初、キャンプのようなものを想像していたが、その実は高度な戦闘訓練で。足場の悪い森林や、空気の薄い高山で丸一日動き回った。


 件の小説のファンだった俺は、何か発見があるかもしれないと淡い期待を抱きながら、たまには観光も良いものだと達観していた。

 だからホテルで一泊するのかと思っていた。が、野営だと知らされてガッカリさえした。

 厳しい訓練にカメコウが脱落し、次にロジーが音を上げた。その二人はテントの設営をする事となり、ゾフィが手伝っている。三人でのテント設営は非常に楽しそうである。

 俺もそちらに加わりたかったのだが、メガミに追加の訓練と称され、川の近くで組手をやらされる。


「もっと重心を落とせ!」

「す、すみません……ちょっと休憩……」

「駄目だ」


 教官と言えようこの女は、手加減を一切してくれなかった。

 何度「すいません」と口にした事か。日本の伝統<土下座スタイル>も試してみたが、アメリカ出身の彼女には通用しない。「何だそれは。アルマジロの真似か?」とまで言われ、鼻で笑われた。

 俺は憎い。国境が。そして、ジャパニーズ・ニンジャ、サムライ、スシ、テンプラしか伝わっていない日本の文化が。


「ここってどこなんです? 随分離れちゃいましたけど」


 こうなれば時間稼ぎだ。質問して、その間休憩を取る事にしよう。


 国立公園にはビジターセンターがあった。云わば案内所であり、入り口である。

 しかし現在地はそこからかなり離れていて。最早、ここが何処なのかも分からない。そんな場所で、俺は先程から滝のような汗をかき、地面に突っ伏している。


「さぁ、どこだろうな? 適当に登って来てしまったが……」


 山奥まで進んだ事もあり、携帯電話のGPSはあまり機能していない。通常、登山用のGPSがあり、それを使うと良いらしい。が、時既に遅し。

 森、山、川……見渡す限りの大自然。カオヤイとは現地の言葉で「大きな山」という意味だとか。

 その一部が国立公園として、世界遺産に登録されているらしい。

 目下、観光用のルートを外れている。一応の登山コースではあるのか、しかし遊歩道は整備されていない。

 川に掛けられているのはボロボロの橋梁で、修繕されておらず、所々朽ちている。


「そろそろ、戻りませんか?」


 日も傾き始めていたので、そう提案する。

 川の水に触れてみれば、かなり冷たかった。火照った体を冷やすには丁度良いと、俺は顔を洗った。


「そうだな。そろそろ……ん? お、おい!」


 何やらメガミの焦ったような声が聞こえる。その時、顔を上げると眼前の水面が膨れ上がった。ザバッという音を立てて、何かが姿を現す。牙、赤い肉、ウロコ。

 上下に大きく開いた口……ワニだった。


 一瞬「へぇ、タイって野生のワニが居るんだなぁ」とか悠長な感想を抱いたが……

 これ、結構ヤバくね?


「うわわわッ!!」


 咄嗟に体を後ろへ反った。勢い余って尻餅を付く。そのまま無我夢中でワニを蹴り飛ばす。一発、二発、三発。


「このッ! この野郎ッ!」


 俺の足が何発かワニの頭部に命中した。危うく噛まれかけたが、死に物狂いで抵抗する。

 すると観念したのかワニは顎を引っ込め、ズブズブと水中へと潜っていった。

 まさに間一髪……。魚影というか、ワニのシルエットが遠ざかっていくのをはらはらしながら見守る。

 だが今度は、嫌な音がした。ベキベキ、という音だ。

 俺の足元。木で作られた足場が緩やかに歪んでいく。


「おい、マジかよ!?」


 橋が割れる。その直後、全身を冷水の感触が襲った。

 脳が全力で警鐘を鳴らしていた。近くにはワニ。急いで陸地に上がらないと……これは洒落にならない。

 こんな時にメガミは何をしているんだ? 分からないが、これは相当マズイ。

 喰われる。嫌だ、死にたくない。


 陸へと這い上がり、振り返る。ワニはもう居ないようだった。

 ……が、安堵したのも束の間だった。

 前を見たら、動く物体が。

 推定、体長ニメートル以上。黄色と黒の模様が入り混じった大型の動物。逞しい四肢に、猫のようなヒゲ、顔面。

 今度はトラが居た。




 ――トラは役目を終えると、ゆっくりと後退していった。その先には一人の人間。老人である。

 トラは近づき、老人へと擦り寄った。そして頭を撫でられ、気持ち良さそうに喉を鳴らす。――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ