第7話
朝方、ドアの向こうからごとごと、と動き出すような音がして、ひたすらにペンを走らせていた指をピタリと止めて、顔を上げドアの方へ顔を向けた。
(もう、起きたのか?)
ボトルインクに蓋をして、椅子に座りっぱなしで凝り固まった腰を伸ばし、肩や首を軽く解してようやく座面から臀部を離す。
窓から差し込む日の光に目を細めながら、大きな欠伸をした。長時間、酷使し続けていた目は、疲労によって視界がぼやける。目頭を押さえながら、ぎゅっと目を閉ざせば、先程欠伸をした拍子に溢れた水分によって潤い、視界がクリアになった。
麻袋から新たな私服を取り出し着替え、そろりとドアから顔だけを覗かせ、主人用の部屋を見れば皆んな起きていた。服も寝巻きから私服になっている。
ドアの開かれる音に、一斉に彼らがこちらを向く。
「おはよう、早いな。ちゃんと寝たのか?」
暫く謎の間があって、彼らから挨拶を返された。何故だか微妙な顔をしている。一体なんだ? と私は首を捻った。
「自分はご主人様の護衛ですので……ですが、一応仮眠は取りました。日中の護衛もさせて頂きますので」
「オレも護衛で買われてるからな」
よく見てみれば、二人とも目の下がやや黒い。
(もしや……)
「全員寝てないってことは、ない、よな?」
「寝れるわけないじゃん。君が一睡もしてないのにさ。医師買っといて睡眠とらないってどういうこと? 体調崩すよ? ねぇ?」
笑ってるけど、なんか黒いし兎に角、圧がすごいし怖い。痛いところを突いてくる。
「ゔぐっ……、き、今日はちゃんと寝る。それから護衛は交代制にして、休憩は入れてくれ……」
室内の電気は主人用の部屋にあまり漏れないよう控えめにしたし、うるさい音だって出したつもりもない。まさか、獣人お得意の優れた聴覚か? それで寝てないのがバレたのか?
話を逸らしたいあまり、狼人と鬼人に顔を向けてそう話していると、「ご主人も休憩を入れんとな」と背後から龍人に言われる始末。
「あぁ、わかったわかったから勘弁してくれ……」
参ったと片手を頭上より少し高めの位置に持ち上げ、宙を仰いだ。
「ご主人様、紅茶を淹れさせて頂きました」
綺麗な動作で紅茶を淹れてくれたエルフに、どうぞと誘動され、椅子を引き、座らせてくれる。
「有難う」
「こちらは、ハーブティーです。不眠改善や疲労回復などの効果があります」
「あぁ、うん。有難う……」
それから、朝食はルームサービスを人工妖精に頼んだ。
今度は、『オススメ、三人前で頼む』と。
後に部屋へ運ばれた料理は、丁度いい量だった。どうやら、この量がここの普通らしい。
朝食を食べ終えた後、昨夜の全員分の洗濯物を、ドアの外に設置されているマラカイトグリーンのポストにほり込んだ。ここに入れておくと、洗濯してくれるようだ。
今日は不動産で家を買いに行く予定だが、良いのが見つかるかわからないし、契約しても直ぐに住めるかもわからない。取り敢えず、宿はとったままにしておき、余計な荷物は部屋に置いて私達は宿を出たのだった。




