第4話
「風呂は? まだ入らないのか?」
私を含めた皆んなの妊婦のような腹が少し落ち着いた頃だろうと、ソファにゆったりと腰掛け食後の紅茶を啜りながら聞く。因みに飲んでいるのは巨大スズメバチの紅茶だ。
「流石にご主人様より先に入るわけにはいきません」
エルフが首を横に振った。
「俺の風呂は長い」
「「「構いません(構わない)」」」
(ったく、おまえら三つ子かよ⁉︎ 相変わらず、態度かてぇなぁ)
「俺は朝風呂派なんだ……夜は入らん」
苦し紛れに言い訳をしたが、言って直ぐに後悔した。あぁ、これ絶対嘘だってわかる言い訳だ、と。
「フハハハハハハ! 貴様ら、ご主人がいいと言ってるんだ入ってこい」
「そうそう、このやり取り繰り返すだけ無駄無駄」
龍人と狐人が促すと、彼らはそわそわしながら「有難う御座います」と礼を言った。
頭を下げた彼らに「風呂上りに今着ている服は着ないで、また新しいのを出して着てくれ」と言っておいた。
(今日は獣人もいるし、特に危ない……)
ケシの実の効果が切れるのは明日だ。だが、もし塗った液体が風呂で落ちて、バスルームに私の匂いが充満したら、後から入る彼らに女だとバレてしまうかもしれない。だから一番風呂は避けたかった。
順番に風呂に入って、最後は私だけになった。風呂上りの獣人の身体が面白くて、思わず「ふっ」と吹き出してしまった。すまない。
だって、筋肉はあるものの、ぐっしょりとした毛が身体に張り付いたせいで獣人特有の威圧感がなくなり、非常に残念な姿になっていたのだから。
ケシの実と着替えの入った麻袋を手に持って、バスールームへ入る。すっぽんぽんになって、蛇口をひねるがお湯が出ない。
(うわ……最悪)
このパターンって、まさか魔力を使わないと出ないやつか?
取り敢えず服を着直して、身だしなみを整えてからバスールームを出た。
「なぁ、誰かお湯出してくれないか?」
そう言うと、「はぁ? 何言ってんのコイツ」みたいな顔で見てきた。知っていて当然のことを聞いて、毎回そういう顔をされるのかと思うと、心臓が痛い。バレるのか、と冷や冷やする。
「田舎の方にいた時は、こんなのなかったんだ」
「では、私が……」
「助かる」
小さく挙手して前に出てきたのはエルフだった。カミュアにいた時よりは、落ち着いていて、少しだけ私に慣れたように見える。
「この蛇口の真ん中に埋め込まれている魔石に魔力を注ぐとお湯が出ます」
「……どうやって注ぐんだ?」
「魔力を外に出すイメージで、魔法を放出するときと同じです。ただ詠唱はしません。では、やってみて下さい」
(では、ではって……、魔力ないんだけどな)
取り敢えずやってみるふりだけして、「魔力切れだから頼む」の流れをつくろうと、右手をアクアマリンのような輝きを放つ石にかざし、イメージする。
すると、
シャアアアァァァァァァァァーーーーー!
(で、出た……)
驚愕のあまり、唖然とする。
魔力使用不可だから魔力無しじゃなくて、魔力はあるが使用できないということか? 魔力はスキルに使えないだけで、魔道具には使える? じゃあ入国審査の時の検査は───?
「出ましたね。それでは、私は失礼します。ごゆっくり」
「あぁ……有難う」
バスルームのドアが閉められ、私は鍵をかける。
ドアに背を預け、両手の手のひらを上へ向けてそこに視線を落とした。
(どうなってるんだ……?)
その問いに答えられる者は、誰もいない。唯一、神を除いて────。




