第16話
役所があるのは、広場近くだ。紙切れに書かれたシルの地図をたよりに、道行くところの目印を逃さぬよう地図を見てはキョロキョロと辺りを見渡すのを繰り返し、慎重に進んでいた。一度迷ったら元の道に戻れる自信がない。
暫くして、開けたところに出た。そこには、大きな噴水が設置されていた。近くに木製の掲示板らしきものがあり、寄って見てみれば『市場が開かれる日』や『集会の日』の記載された紙が張られている。
(ここが広場か)
シルの地図に視線を落とせば、噴水の絵が描かれていた。掲示板の向こうに役所があるということで、そのまま歩けば『ヴィヴィロア市役所』と書かれた看板を見つけた。
アイボリーブラックの両開きドアは、片方だけ開放されており、確認の為そろりと中を覗いてみれば、長いカウンターテーブルに客が綺麗に整列し縦に並んでいる。そして、カウンターの向かいには制服を着た職員が複数人いて、客の対応をしていた。
(ここみたいだな)
どの列に並べばいいかわからず、壁側で立って列を暫く観察していると、客は空いている列に並んでいることに気がつき、私もそれに倣って並ぶ。指示を促すような看板などもないので、これで大丈夫なんだろう。
「次のお客様、こちらへどうぞ」
前の客が立ち去ると、受け付けの職員に呼ばれ、カウンター前にずれる。
「本日は、どのようなご用件で?」
「血の契約で使う用紙を二枚購入したい」
そう淡々と話せば、目の前の若い男の職員は一瞬だけ声を詰まらせ、視線を彷徨わせた。
「つっ……⁉︎ わ、かりました。少々お待ちください……」
そう言って、職員は一度奥に引っ込んだ。そして、少し赤みがかった紙を二枚持ってきた職員は、提案してきた。
「遺書は書かれますか? 死亡確認後、ご家族に届くように手続きできますが……」
「いや、大丈夫だ。死んだことを伝えたい家族はいないのでな」
「そう、ですか」
特に血の契約について説明することもなく目を伏せた職員から二枚の用紙を受け取り、簡単な記載方法を説明された後、支払いを済ませた。そして、客用に設置されているテーブル上に『血の契約』の本を開け、その説明にそって用紙に書いていった。
書いた用紙を破れないようにそっと麻袋に入れると、私は役所を出た。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……。
どこからか低い鐘の音が聞こえる。音のする方角を耳でたどれば、大きな時計台を見上げていた。時計の針は十七時を指していた。
(もうこんな時間か……)
澄み切った蒼穹はいつのまにか朱色に染まり、太陽は沈みかけていた。
(急がないと)
夜は治安が悪くなるに違いない。隼人は歩く速度を上げて、奴隷商館『カミュア』へと向かったのだった。




