第12話
「ところでお客様、何故貸し切りに?」
黒目を元の位置に戻し、冷静になった蝶ネクタイの男が聞いてくる。
「あぁ、ちょっと用事ができたのでな、少しこの商館を離れる。今日中に済ませられる用事だが、どれくらい時間がかかるかわからん」
「用事、でございますか?」
「図書館と役所にな。案ずるな、奴隷は今日買う。そのために貸し切りにしたのだから」
「左様でございますか」
「ところで、ここらで大きな図書館だと何処がある?」
「王立図書館が御座います。規模が大きく、種類も多いかと。ここから近いですし、徒歩で行けます」
「入るのに制限はないのか?」
「はい、身分証の提示のみでございます。平民からご貴族までご利用頂けますが、ただ利用するのは読み書きのできるご貴族に偏っています」
役所の説明だけでは不安があった。だからまずは、図書館で『血の契約』について調べようと考えたのだ。
***
王立図書館にやってきた。外観は正にザ・ファンタジー。巨大な規模の円柱の建物は、イタリア・ローマにある世界遺産、フラウィウス円形闘技場を彷彿とさせる。
建物内に入ると、壁側には端から端までぎっしりと本が陳列している。顔を上げれば、途方もないほどの本が天井近くまで見えた。
(探すのに、一体どれだけかかるんだ?)
圧倒されるように図書館の内部をぼぉっと暫く眺めていると、声が掛かった。
「こんにちは、何かお探しですかな?」
声からして若い男、身体ごとそちらへと向きを変える。すると、そこにはストレートグレーとスカイグレーの混じった羽にローシェンナの瞳、そして片眼鏡をかけた人型梟がそこにいた。
「つっ……⁉︎ あぁ」
思ったよりも近くに梟がいたことに驚き、少し後退る。
「……すみません。獣人は嫌かと思いますが、今日は私しかいないんです。明日なら人間の司書がいるので、明日来ますか?」
明らかに申し訳なさそうに梟は眉を下げた。
(いやいや、違う違う違う‼︎)
内心焦る、物凄く焦る。
差別とか、なんか嫌な人間になった気がするからそんな奴だとか思われたくない。いや、今はそれ以上に、罪悪感に呑まれて死にそうだよ⁉︎ そもそもラノベで見慣れてるから元々差別意識はないし。実物見ても大丈夫だったしっ!
脳内の私がギャーギャー大騒ぎしながら転げ回る。さらに、大騒ぎしている私を、もうひとりの私が冷静に紅茶を啜りながら無言で見守っている。紅茶を啜るのは私の理性的な部分だ。(以下、脳内における感情的な私を一号、理性的な私を二号とする)
(いや、獣人に対する嫌悪感などはない。ただ、梟の獣人は初めて見るので少々驚いただけだ。不快に思わせたのなら申し訳ない)
「いやそれよりも、その綺麗な羽をはやく触らせてくれ」
脳内で一号が二号に馬乗りになってフルボッコにしていた。そして、カンカンカンカンとゴングが鳴り響き、試合終了を知らせる。二号はうつ伏せになってKOとなった。勝者一号。理性が負けた。この短い時間で一体、何があったのか。
「……はい?」
理解できていない梟は、口をぽかんとする他なかった。
(あぁ、最悪だ……)