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第11話

「次のお客様、こちらへどうぞ」


 前の客が立ち去ると、受け付けの職員に呼ばれ、カウンター前にずれる。


「本日は、どのようなご用件で?」


「血の契約で使う用紙を二枚購入したい」


 そう淡々と話せば、目の前の若い男の職員は一瞬だけ声を詰まらせ、視線を彷徨(さまよ)わせた。


「つっ……⁉︎ わ、かりました。少々お待ちください……」


 そう言って、職員は一度奥に引っ込んだ。



***



 遡ること二時間程前───。


「僕と主従契約を結ぶと同時に、血の契約を結んでよ。そしたら、君の主治医になってあげる」


(血の契約?)


「血の契約とは、何だ」


「血の契約は、契約書にサインを入れる代わりに、お互いの血を染み込ませるものだよ。サインよりも効力の強い契約書さ。専用の紙は役所にあるよ。特殊な紙を使っているから、お金が発生するけどね」


 抑揚がない。先程とは打って変わって慎重な話し方だ。血の契約って聞くと、ノベルで読んだ悪魔の契約が浮かんでくる。


(魂を縛る契約、だったり?)


 だが、目の前の狐人はデメリットを話すつもりはないらしい。聞いたところで真面(まとも)に話してくれるかは分からない。


 私は折った両膝を伸ばしてゆっくり腰を上げ、彼に背を向けた。


「わかった。一度ここを離れる」


 ドアが閉じられる寸前、彼の声が聞こえた。


「バイバ~イ」


 わざと作り上げたかのような明るい声の中に、悲しみが入り混じっているように思えてならない。彼は私がもうここには来ないのだ、そう思っているのではないかと感じた。


 それは、ただの私の気のせいかもしれないが……。


 蝶ネクタイの男が緊張した面持ちで私を無言で見つめてくる。買うのか、買わないのか、と窺っているのかもしれない。


「なぁ、今日予約の入ってる客はいるか?」


「いいえ、おりませんが……」


 待っていた答えとは違ったせいか、男は不思議そうな表情(かお)をした。


「今日、ここを貸し切りにしたい」


 そう言って私は大きな麻袋に右手を入れてその中にある登録収納の麻袋に手を突っ込み念じた後、中で拳をつくって袋から手を抜き、男の掌の上で拳を緩めた。何十枚かの金貨が男の掌に落ちた。


「しししょしょ、承知しました!」


「今日、この奴隷商館はレオリオ・ヒーラギのものだ。他の客の出入りは許さん」


「はい!」


 咄嗟(とっさ)に思いついて麻袋の中で念じた内容は、『この奴隷商館を今日、貸し切りにできる二倍のお金』だ。蝶ネクタイの男の反応を見るに、これでよかったみたいだ。まぁ、上手くいかなくても、男の反応を見ながらやったが。


(ところでコイツ、大丈夫か? ちょっと白目剥いてるけど……)


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