第10話
龍人と同様、個室だった。
狐人の彼は、全身ランプブラックの毛に包まれ、ふわりとした尻尾をゆらゆらと優雅に揺らしている。彼は、床に座ったまま右膝を立ててもう片方は真っ直ぐ膝を伸ばしていた。龍人とは異なり、鎖でがんじがらめにされておらず、VIP専用の部屋にいた者と同じように、首と手首に鎖の伸びた枷がつけられているだけだった。
「案内、ご苦労。ふたりきりで少し話がしたい。先程のようにドア前で待機してもらえるか?」
「承知しました。それでは、失礼致します」
ガチャンと閉まる音を確認し、私は檻の前まで歩く。そして、両膝を折って視線を合わせれば、クロムオレンジの瞳と交わる。
「やぁ、まさか初めてのお客さんが子供とは。でも、僕はやめておいた方がいいよ? 僕みたいな悪い大人にいいように使われてしまうよ? それに、人間は獣人が嫌いだろ? そんな獣人に医師はやらせない方がいいんじゃないかな? まぁ、僕の能力が高いのは認めるけどね」
(めちゃくちゃ喋るな、オイ)
ツッコミを入れるのは、心の中だけにしておく。
「ご心配、どうも有難う。まさか、この国に獣人差別があるとは知らなかった。獣人のいない地域で育ったものだからな。だが、今日はじめて獣人を目にしたが、特に嫌悪感はなかったので問題ない。だから──」
いつのまにか下がってしまっていた視線を持ち上げ、クロムオレンジの瞳を見る。
「俺の主治医になってほしい」
丸く皆既月食のような瞳がすうっと細くなり、三日月を描く。
「はぁ? 僕の話、聞いてた? それに君、僕の前科も知ってるよね……?」
閉じられていた口をぐわりと大きく開けられ、彼は牙を覗かせる。瞬間、背筋がぞわりとし、獣人が忌避される理由が少し理解できたような気がした。膝に爪を立て、怯むのをどうにかこらえる。
「現在、周囲に信用のおける者がいない。相手が人間の医師であっても信用できない状況だ。だが、奴隷ならば、情報漏洩される心配はないだろう? 契約していない今は詳しい事情は話せない。ただ、俺が特異体質の人間だとしか……」
指を顔前に三本立てる。
「三年、俺の主治医になってほしい。その後は解放し、一年程暮らせる金を渡すことを約束しよう」
彼は瞳を閉じて顎に拳を当てて、暫くの間、考えるそぶりをした。そして、顎から拳を離し瞼を上げた。
「雇う、ねぇ。じゃあ、誠意を見せてよ」
(誠意?)
「何をどうすれば、誠意を示したことになる?」
思わず首を傾げる。その様子を見て、彼はニタァと口角を上げた。それはまるで、新しいおもちゃを見つけた悪餓鬼のような表情だ。
「僕と主従契約を結ぶと同時に、血の契約を結んでよ。そしたら、君の主治医になってあげる」




