第5話
尋常じゃないほどの汗が、男の額から顎にかけてだらだらと流れ落ちてゆく。私はそんな男の様子を気にも止めず立ち上がり、ゆったりと歩きながら落ち着いた声で話す。
「あのねぇ、俺が軽装備なのは目立ちたくないからなんだ。元より自由の効かない身だからね。とはいえ、何も言わずにここまで来たわけじゃない。俺はこれでも大事な跡取りだから、父上にここへ寄ることは伝えてあるよ。
だから、俺の身に何かあったらすぐに駆けつけるだろう。あ、そうそう、奴隷は表にいたやつだけじゃないだろう? ちゃんと隠し玉も見せてくれるよな?」と男の座るソファの後ろから肩に手を置いて顔を出し、ニタァとした笑顔で圧力をかけた。
「ももも、もちろんでございます!」
男の背筋がピシッと伸びる。
ここで重要なのは、魔力やスキルじゃない。名字のある立場であること、そして財力だ。
例え、名の知れ渡っていない貴族であっても、それを誇示しておけば、下手な態度はとられないだろう。
***
男は一番奥の部屋まで、私を連れて来た。
「ここがVIP専用の部屋でございます」
表にいる奴隷の部屋と違い、豪華な装飾が施された部屋だった。見たことはないが、王室ってこんな感じなのかもしれない、というのが印象だ。
そんな豪華な部屋に、上半身裸の奴隷の檻が壁側にあった。ぱっと見、どの奴隷にも痣や傷があったものの、表にいた奴隷たちや道を歩く奴隷たちよりは軽症のように見えた。
(なるほど。ここにいるのが、質の良い奴隷か)
男が棚から資料を取り出して来て、それを私に手渡してきた。
「こちらが、ここにいる奴隷たちの資料です」
「どうも」と受け取り見ていくが、あまりにも分厚くて、全て読むのに一日かかってしまいそうだ。
「ふむ。気性が荒くなく、常に冷静に行動することのできる誠実な者はいるか? その中で、第一に紳士的な者、続いて第二に強い者と知識の豊富な者が好ましい」
「なら、いいのがおります。誠実さでいえば、獣人が良いでしょう。獣人は生まれながらに素直な者が多いので。ですが、どの奴隷に関しましても調教済みですので、誠実さも気性についても問題ないかと。ですから、お客様の気に入った容姿で選ぶと良いでしょう。この辺りの獣人は護衛に向いております。腕は確かで能力も高いです。資料はこちらのページです」
手に持ったままの資料が、隣の男によって捲られ、獣人のページが開かれる。
「有難う」
「……いえ」
資料と檻の奴隷を見比べ、どの奴隷にしようかとぶつぶつ呟きながら考える。
「こっちは借金奴隷か……で、こっちが」
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奴隷番号 55番
種族 狼人
年齢 89歳
性別 男
奴隷種別 犯罪奴隷
奴隷要因 敵国の捕虜
使用用途 護衛
魔力 9,800
スキル 超直感、超嗅覚、超聴覚、超味覚、
超回避、超速度、危機察知、生活魔
法、風魔法、剣術、毒耐性、物理攻
撃耐性、麻痺耐性、動体視力、解体
問題行動履歴
奴隷歴 34年
購入履歴
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(犯罪奴隷? あぁ、敵国の捕虜だったからか。獣人全体、寿命長いな。普通に百歳越えてるのも結構多い。購入履歴は……)
ふと資料の一番下の項目に目が留まった。その獣人の購入履歴は何も書かれていなかった。
(買う人がいなかったってことか)
幸いこの部屋の奴隷たちは質もよく能力が高い。だからといって、容姿で選ぶのはあまりよくない気がする。何がよくないかと問われれば分からないが、罪悪感に呑まれそう。
(決めた。選ぶのはここに居た期間が長く、購入履歴のない奴隷だ)