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01.桜井さんと冬樹くん

 12月2日の朝。高校への登校中のことだった。


「夢を見てたんだよね」


 いつも通る人通りのない裏道で、冬樹フユキイサムは空を眺めながら言う。

 その隣を歩く桜井サクライ結菜ユウナは、それを聞いて首をかしげた。


「夢、ですか?」


 勇は大きく頷く。


「そう。ものすごく長い夢。体感で5年間くらいの。夢の中で、僕はファンタジーの世界を旅してたんだ。笑っちゃうんだけど、僕は勇者でさ」


 勇はそう言いながら照れくさそうに笑った。

 結菜は首を横に振る。


「笑いませんよ。勇者と言う職業は、勇にとてもお似合いだと思います」


「いや、僕には勇者なんて無理だよ。それに、どうせ夢の中の話だし」


 彼は顔を赤くしながら、顔と手を大げさに振って否定した。結菜はそれを見て、クスリと笑う。


「それで、夢の中でどんな旅をなさったんですか? 旅の目的は?」


「それが……あんまり覚えてないんだよね。部分的に思い出せることはあるけど。例えば、仲間に剣士や魔法使いがいた事とか。あとは、僕自身も魔法を使えた事とか」


「へえ。魔法が?」


「うん。おぼろげだけど、覚えてるよ。炎の魔法が簡単で、よく使ってたような気がする。こんな風に、手の平を広げてさ」


 勇が、地面に向かって手の平を向ける。


「それで、このまま呪文を唱えるんだよ」


「呪文、ですか?」


「うん。なんだったっけな……。確か、ブランなんとかって呪文だったような……」


 勇は手の平を下に向けたまま、難しい顔をしてブツブツと何かをつぶやいく。


 眉間にシワを寄せ、頑張らなくたっていいのに勇は一生懸命にその呪文を思い出そうとしていた。結菜は微笑ましく思いながらその姿を眺めている。


「ああ、そうだ! 思い出したよ!

確か、ブランダーンバール――――」 


 ――――勇がその言葉を言い切った瞬間。突然、勇の手からは火炎放射のような猛火が飛び出した。


 手から放たれた炎はコンクリートを激しく熱す。


 コンクリートは熱に耐えられず、激しい音を鳴らしながら粉砕し、粉々になっていく。粉々に砕かれて粉末になったコンクリートは、猛火による風で宙へと舞い上がった。


 あとに残ったのは、地面に空いた大きな穴。その前に呆然と立つ2人。


 目の前の光景に、2人は互いの顔を見つめながら言葉を失っていた。


 話は前日に遡る。


――――――――――――――――――――


 12月1日。校舎裏。

 それは、昼休みの出来事だった。


「結菜……僕と……僕と付き合ってほしいんだ!」


 勇の少し高い声は、薄暗い校舎裏によく響いた。

 

「そ、そんな! わ、私なんかでいいんですか!?」


 勇の告白に、結菜の胸の鼓動は速くなる。


 勇の真剣な眼差しを見ていると、結菜は自分の頬が紅潮していくのがわかった。


「結菜がいいんだ! 僕……ずっと、ずっと、結菜のことが好きだったんだよ!」


 そんなこと、結菜はとっくに知っていた。

 そして結菜の気持ちも、勇と同じだった。


 ずっと前から勇が好きだった。

 幼いころから、この日、この時を結菜は想い描いていたのだ。


 結菜の目からは大粒の涙が今にもあふれ出しそうだった。

 悟られぬよう、そっと目元を指で拭う。


 勇は上目遣いの眼差しで、不安そうに結菜に聞いてきた。


「返事……聞かせてもらっていいかな?」


 結菜は満面の笑みで言う。


「……はい! よろしくお願いします!」


――――――――――――――――――――


 放課後の教室。生徒たちが足早に教室を出ていく中で、結菜は自分の席に座ったまま隣の席の朝倉アサクラ真奈マナに昼休みの告白について熱心に語っていた。


すべてを話し終えると、結菜は両頬に手を当て、締まりのない顔でだらしなく笑う。


「と、言うわけで! 私たち付き合うことになったんですよ、朝倉さん! うふふ!」


「よかったねえ、桜井さん。まあ、冬樹が桜井さんを嫌いなわけがないとは思ってたけど。幼い頃からの長い恋が、ついに実ったんだねえ」


 朝倉はショートカットの髪をかき上げながら、嬉しそうな結菜を微笑ましそうに見ている。


 2人が笑顔で話していると、前の席にいる金髪団子頭のギャル、花崎ハナザキ百合ユリが今にも死にそうな青い顔で結菜の方に振り返った。


「……え? 桜井、冬樹と付き合ってんの? ……いや、そんな、まさか。アタシの聞き間違いだよな?」


 結菜は、緩みきった表情で答える。


「聞き間違えじゃありません。私たち、付き合ってるんですよ」


 その言葉に、花崎は「思わず」といった様子で立ち上がる。


「嘘だろ!? 桜井!? 私たち、ずっと愛し合ってたよな!? 結婚しようって、約束したじゃん! なんでだよ!? おかしいじゃんか!」


「愛し合ってません。覚えがありません。おかしいのは花崎さんの頭の方では?」


 結菜は淡々と言う。


「桜井さんは辛辣だなあ……」


 朝倉が遠くを見るような目で言った。

 花崎は大げさに頭を抱え、叫ぶ。


「くっそお!! 冬樹に先を越されたってことか! ……いや、今からでも遅くない! 桜井、アタシと付き合って――――」


「――――無理です」


 花崎が言い切る前に結菜は断った。

 花崎は感情にまかせて結菜の机を拳でたたく。 


「はああ!? なんでだよ!! 絶対に幸せにするからさぁ!!」


「あのですね。まず、私の恋愛対象は男性です。次に、花崎さんみたいな浮気性の人は嫌いです。最後に、私は深く勇の事を愛しています! だから、いくら花崎さんが熱心に私への愛を訴えても、絶対にお付き合いはできません!」


「なんだよそれ、くっそおおおおお!!!!」


 花崎は椅子から転げ落ち、拳を振り上げ、何度も床を叩く。


 結菜は、そんな花崎を横目に机の上のカバンを抱いて立ち上がった。


「と言うことで、今日は冬樹くんと帰りますので、お先に失礼しますね! それでは、さようなら!」


「冬樹と仲良くやりなよ、桜井さん」


 朝倉がニヤニヤしながら手を振った。


「もちろんです!」


 そう言って、結菜はクルクルと優雅に回転しながら教室を出る。


 教室を出ると、廊下には勇が待っていた。結菜を見ると、勇は驚いたように目を大きく開けてからニッコリと微笑む。


「桜井さん、帰ろうか」


 桜井は満面の笑みを返す。


「ええ、帰りましょう」


――――――――――――――――――――


 外は、かなり肌寒かった。道行く人も厚着をしている人が多く、それを見た桜井はやはりダッフルコートを持ってくるべきだったと後悔した。


 桜井はかじかむ手をさすりながら、勇に微笑みかける。


「今日、駅前のカフェに寄って行きませんか? 新作のパフェが発売したみたいなんです」


「いいね。ちょうど甘い物が食べたいと思ってたんだ」


 勇は目を細めて微笑んだ。


 勇は、結菜の幼馴染だった。

 物心着いた時にはすでにそばにいて、気づけば小学校、中学校、高校と、全く同じ進路を辿っていた。


 もしかしたらこのままずっと、自分がおばあさんになっても彼は私のそばにいるのかもしれないと、結菜は考えることがある。


 ――――そうだといいな。


 横に勇がいないと、結菜は不安になることが多かった。結菜にとって勇は、間違いなくかけがえのない存在だと言える。


 その彼が今日、自分の彼氏になったのである。結菜はうれしくてたまらなかった。


 彼の隣を歩いてるだけで、結菜の目には世界が輝いて見えた。排気ガスまみれの都会の空気が、今日はやけに美味しく感じる。


 先に見える交差点の信号が赤になり、2人は横断歩道の前で足を止めた。しばらく待っていると、横断歩道の前に仕事帰りのサラリーマンやOLが集まり、小さな人溜まりが2人を囲む形になった。結菜と勇の目の前では、車が忙しなく道路を横切っていく。


「新作のパフェ、楽しみだね」


 隣の勇がそう言って微笑みかけてくる。

 結菜は満面の笑みを返した。


「ええ。苺とチョコのパフェが冬仕様になったみたいですよ」


「へえ。どんな風に変わったの?」


「苺の方は、パフェの上にショートケーキが載ってるそうです」


「あー。たまにあるよね、そういうの」


「チョコのパフェは、チョコソースが10倍に追加されたそうで」


「……そっちは遠慮したいなぁ」


 勇が苦々しく笑う。


「ですよね。いくらなんでもチョコソース10倍は――――」


 そう言いながら結菜は、勇に笑いかけようとした。


 しかし、結菜の横にいたはずの勇は、いつの間にかいなくなっていた。代わりに二本の腕が、信号待ちの人ごみの中から道路に向かってまっすぐ伸びている。


 正体不明の腕。


 その腕は、まるで何かを押し出すような格好をしていた。結菜は、その腕の先。つまり、道路の方を見た。


 そこには、先程まで横に立っていたはずの勇がいた。


 何が起きたのかわからないといった表情で、勇はバランスを崩した体勢で車道にいた。そして、こちらを見ている。


 次の瞬間。勇の体に、軽自動車が突っ込んできた。


 勇の横っ腹にバンパーが突き刺さる。

 勇の手足が、車の形に沿うように曲がる。


 激しい、嫌な音が、あたりに響いた。


 車に強くぶつかった彼の体が、勢いよくコンクリートの上を転がっていく。


 地面に倒れたまま、勇は動かない。

 彼の頭から血が流れている。

 それがコンクリートに垂れて、地面を濡らした。


 遅れてブレーキを踏んだ車が、十数メートル先で止まる。


 結菜はしばらく、呆然とそこに立ちすくんでいた。


『結菜がいいんだ! ずっと、ずっと、君が好きだった!』


 ふいに、結菜の頭の中に、昼間の彼の告白が蘇る。


 やっと手に入れた幸せ。

 大切な彼。

 それが目の前で、突然壊れていった。


「……嘘」


 結菜は目の前の光景に否定するように首を横に振り、叫び声を上げた。

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