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駅まで…「夏のホラー2020」

作者: あさひ

初めて物語を書いてみました。読んで頂けたら幸いです。


「ー疲れた。」


女は28歳、未婚。中堅不動産会社の営業所で事務員をしている。

毎日の仕事は慣れたものではあるが、十人程いる営業の補助や資料の作成、電話応対や事務所の細かい雑務と多忙を極める。

今日も急に入った内見の予約が遅い時間だった上に営業の態度にクレームがつき、その対応に巻き込まれて残業になってしまった。

ようやく宥められた客が帰り、次の日の準備をして事務所を閉めると終電に近い時間だった。

責任者である所長も問題をおこしたお調子者の営業まで「後はよろしく〜」の一言でもう居ない。

駅までは自転車で10分程。駅前の商店街はそれなりに賑わっているが営業所の周りは住宅街なのでこの時間にもなるとかなり寂しい。

ドキン…

自転車の籠にバックを入れ、乗ろうと前をむいた時数メートル先の電柱の向こうに黒い影が見えた。



「誰?」


もしかして帰り道を心配して待っていてくれたのかもしれない。咄嗟にそう思い声をかけたが、それなら何故事務所で待っていなかったのだろうと当然の疑問が浮かび一瞬のうちに後悔する。

影はピクリとも動かない。が、こちらを伺っている気がする。

声を掛けた事で影を認識していることを知られてしまっている。

事務所に戻ろうかとも思ったが鍵を開けてるうちに近づかれてしまうだろうし、あっという間に逃げ場の無い事務所に追い詰められてしまうだろう。

動かない影にほんの少しだけ勇気が出て、そっと自転車に(またが)った。

営業所裏口の細い私道から道路に出て駅に向かうには、影がいる電柱のすぐ脇を通らなければならない。

これ以上刺激しない様、静かにペダルを漕ぎ出す。

見ているのも怖いが、どんな動きをするか分からない影を見ないでいるのも怖い。

様子を見ながら徐々に近付いたが、黒より暗い影が深まるばかりで全く正体が掴めない。

早く通り過ぎようと漕ぐ力を込めてスピードを上げる。

通り過ぎた!



「気のせいだったのかも。」


その後何事もなく自転車を走らせれば、正体不明の影なんて現実の事とは思えなくなってくる。28にもなって暗がりに怯えた自意識過剰な自分をクスリと笑ってみたが、それでもあの時の直感は誤魔化せず、まだ終電には充分間に合う時間のはずなのに脇目もふらずただひたすら自転車のペダルを漕いでいた。

ガクン

最初の曲がり角を曲がった時、後ろから衝撃が走り自転車が動かなくなった。

身体が前に押し出されそうになり慌てて地面に足をつける。

………………後ろに居る。

恐怖のあまり視界が狭まり心臓が早鐘を打つ。

動くと汗ばむ季節のはずなのに半袖の腕に鳥肌が一気に立つ。

背中には何も触れていない。何の感触もない。

が、薄皮一枚向こうに確かな存在感がある。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

振り返りたくない。それなのに見えない手で動かされているように徐々に徐々に女の頭が後ろを振り返ろうとしている。

それに合わせる様にぞわぞわと背中から肩へ、肩からうなじへ何かの気配が移動する。

肩の後ろから何かが女の顔を覗きこもうとしているのが見えた。

ヒッ

息を呑むような小さな悲鳴をあげて慌てて目線を反らす。

絶対に捕まってはいけないのを本能で感じたが、(すく)んで自転車のハンドルから手が離せない。


ゆっくりゆっくり目の端に黒い何かが見え始める。

お願い動いて。早く。早く。

力がこもり過ぎて真っ白になった指を必死にハンドルから剥がし、手とは逆に萎えて震える足を無理矢理動かして自転車を降りる。ガシャンと横倒しになった自転車をそのままによろめくように走り出す。

はぁはぁはぁ…

恐怖のあまり息が浅くしか出来ない。手も足も重く自分の動き全てがスローモーションに感じる。

叫ぼうにもかすれた声が時折息に混ざるだけ。

住宅街は殆どが眠りにつき、灯りといえば街灯ぐらい。至る所に闇が居る。

どこから影が飛び出してくるか分からない。少し先の闇が歪んだ気がして一瞬足を止めた。

ヒタヒタヒタ…

後ろに何かの足音が聞こえた。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

目の端から涙が溢れた。慌ててまた走り出す。

次の角を曲がれば駅前の商店街に着く。

商店街なら飲み屋もコンビニも有り明るいはずだ。人だって歩いているだろう。

ヒタヒタヒタヒタ…

さっきより近い足音。

角を曲がった。



「助けて!」


叫ぼうと息を吸い込んだが声を吐き出す事は出来なかった。あまりの驚きに立ち止まってしまう。

明るいはずの商店街は何故か真っ暗であった。

等間隔に立っている街灯も、終電の時間を過ぎても営業しているはずの飲み屋も、酔客目当てのカプセルホテルの看板も全ての灯りが消えている。24時間であるはずのコンビニまで灯りが消えているのだ。

歩道にだらし無く停められている自転車や、商店街に並べられた(のぼり)

真っ直ぐ進むには邪魔な障害物が闇に沈んでいる。

いつもの通り慣れた商店街の路が黒く、全く別の顔で待っていた。

遠くに駅の灯りが小さく見えた。

駅!あそこまで…駅まで着けば助かる!助けてもらえる!

ヒタヒタヒタヒタヒタ…

もう

すぐ後ろに足音が聞こえている。

嫌だ。嫌だ。

最後の気力を振り絞って走り出した。

早く。動いて。足。

自転車なのか立て看板なのか腕が強くぶつかり派手な音をたてて倒れる。

肩が揺れ後ろ手になった指先にぬるりとしたものが触れる。

あと数メートル。

風も無いのに幟が大きく揺らめいて影が踊り、驚いた拍子に足がもつれ転んでしまう。

膝を盛大に擦り剥き、半分脱げかかっていたパンプスの片方が後ろへ飛んでいった。

足首を掴まれたが反対の足で蹴り上げる。

四つん這いになって前へとにかく前へ進む。

光光とした駅の灯り。改札脇の窓の向こうの無表情な駅員の顔。

恐怖で引いていた汗が大量に吹き出し安心の涙と混ざり目が潤む。

ああ…たすかった……





その瞬間。

バチン。

灯りが消えた。




「い…やだぁ……」



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