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クリスマスとその日の奇跡について

作者: モナてる

降りしきる雪。

授業の補修を終え、帰路に着く。


一面の銀景色は雲から降りしきる羽によりカサを増す。


どうやら明日は世間ではクリスマス、と言われる日らしい。

外の世界に出て早一年、そういう風習があるのかと好奇心がくすぐられる。


そういやクラスのアンナが言ってたっけ。

「カイナはそういう風習に疎いからねぇ。ほら、イルミネーションとか綺麗じゃない。え?ただの光?何言ってんのよほんと。それを恋人とね、見たりするのがロマンチックなんじゃない。」


「恋人、かぁ」

ふとそんな声が雪に溶ける。


未だ、その感覚はわからない。

恋だの、愛だの、好きだの、嫌いだの…そう言ったことを考えることはあの場所では叶わなかった。ただ生きることに、希望を見出すことに必死だったから。


恋や愛を熱弁された際、『無くしたくない、その気持ちならわかるけど…』とアンナやスージーにこぼしたこともある。

彼女らは少しハニかんで

「あんたがどういう経験してきたかは分からないけど、もう少し軽く考えてもいいんじゃない?カイナあんた、普通に可愛いんだから。」

と、告げられた。


容姿も心も、分からないことの方が多い。

普通。憧れていたそれも、いざ身を投げ出されると、なかなかに難しいものだと知った。


商店街を通る。

華やかに彩られたその風景は、まるで別世界だと錯覚させるほどに目に映える。

街行く人たちは皆笑顔でその場を過ぎる。


何故だろう、美しい、心望んだ外の景色のはずなのに、あと一つ埋まらない感覚がある。


…そういえばクラスのジョージにクリスマスのパーティに誘われたっけ。

だけど断りを入れた。私なんかが触れていいはずがないもの。


まだ、自分に触れるもの、自分が触れるものに対する恐怖心は拭えない。

それはすべて、私を壊すものに見え、私が壊すものに見えてしまう。


漠然と、あの時の光景が思い浮かぶ。

虚を思い出しそうになった彼女を現実に呼び戻したのは、皮肉にも頬を撫でた凍えるような風だった。


もう、家だ。


「ただいま。」


返事がないのはわかっている。


部屋では、先月押しかけてきたアンナとスージーが飾り付けしたクリスマスツリーだけが爛々と光っている。


ロウソクに火を灯す。

灯りが事件直後の写真を照らす。


「…酷い顔。」


泣きじゃくる私を抱きとめてくれている、そんな写真。

…兄さんと私が映った、唯一の写真。


「ねぇ兄さん、今日ね、学校でいろんなことを教えてもらってね。……それでね、クリスマスってものも教えてもらったんだ。そのクリスマスにはサンタクロースっておじいさんがやってきて、願いを一つ叶えてくれるんだよ。」


写真立てに話しかけることは、いつしか日課になっていた。

その日あったこと、聞いたこと、見たもの、感じたこと…こうすればちゃんと、兄にも届く気がして。


「…でも、サンタのおじいさんはいい子のところにしかやって来てくれないんだって。なら、私はダメだよね。だって、私が起こしたことが許されていいはずが…。だよね?兄さん。」


頬に涙が伝わる。一つ垂れる。また、一つ垂れる。


「兄さん。分かってる、分かってはいるけれど、もし、私の願いが叶うのなら…また会いたいよ…。」


ポロ、ポロと目から零れ落ちるそれは止めることができなかった。

理解できた。私は、寂しいのだ。1人でいることが。

私は、辛いんだ。


「ねぇ…ねぇ。無駄だって分かってるけど。お願いだから…今日ぐらい、今日ぐらいは兄に合わせてください、サンタさん。」


------

…部屋が暗い。蝋燭が消えている。

どうやら私は微睡みに落ちていたらしい。


「……?なんで毛布が。」

肩にかけてあるそれを見てつい声を出す。


そして


なにやらガサゴソと隣の部屋から物音と声がする。


「……無いのですよ。早くしないと、彼女が目覚めたら…」

「…ってる。ほら、これここに設置したら完成だろ?」

「それにしても…年頃の女性にそのプレゼントは如何ですの?」

「!?そんなこと言ったらな、パンドラ、お前がそのどでかいクマのぬいぐるみ詰めるって聞かなかったからゲートと時間がギリギリで…。」

「あーはいはい!無駄口叩いてないで手を進めてください。早くしないと気がつかれてしまうでしょう?それにあなたが前日の夜急に連絡よこしてくるからプレゼントの準備がギリギリに…」


パチン、と部屋の電気をつける。


赤と白を基調とした服に、赤い帽子を被った二人組の影が跳ねる。


背中を向けたまま彼らは喋る。


「…ほーほーほー…、サンタ、クロースです、わよ?今宵は、カイナさんに、プレゼントを…。」

「そ、そうじゃそうじゃ、サンタクロースだからな、プレゼントをだなってうおっ!。」


「嘘!!私のところにサンタさんが来るわけがないもの!!だって私悪い子だったんだよ?そんな!!そんな私のところにサンタさんが来るわけがない!!来てくれなくていい!!……そうよ。ねぇ兄さん!!待ってたんだよ!?」


とっさのことに抱きつきながら泣き腫らす私の頭を、一瞬戸惑ったものの、兄さん、クリスは優しく撫でてくれる。


「あぁ…カイナ?俺は今日はサンタクロースだ。パンドラも、今日はトナカイだ。それに、お前を護るためにも、まだ俺は…」

「嫌よ!!だって私、兄さんと一緒がいい!!ねぇ兄さん、わがままだっていうのは分かってるの。だけど、だけど…!!……一緒に、いてよ。」


絞り出すような声しか出せない。会えたのに、せっかく会いに来てくれたのに…。


「あのな、カイナ。」


言いかけたところでパンドラが遮る。


「そうですよ、カイナさん。クリス…サンタさんを困らせてはいけません。…でも、1年いい子にしてなくても、善行を積んだ方々に、プレゼントは必要よね。」


彼女は大きいぬいぐるみのポケットの中から一枚の紙を出す。


「パンドラ…なんだ、これ?」


金髪のサンタさんは口を紙で隠しながら、左目を瞑り彼に言う。


「希望の紙、ですことよ。…つまり、あなた方が一緒に住むことを許諾する文書です。前日に言うから…大変だったのですよ?これ取得するの。」


悪戯っぽい笑みを浮かべる。


言葉が、出ない。


「…あら、どうしましたの?もっと喜びに満ち溢れるかと。」


私たちは2人で彼女に抱きつく。

「ありがとうパンドラ。ありがとう、ありがとう。」


困った笑みを浮かべて彼女は語る。

「おとととと…。…全くもう。いい大人が…。」


「パンドラ様…。本当に…ありがとうございます。夢が、願いが叶って…。」


「当たり前じゃ無いですか。私は、皆さんの希望ですよ?」


彼女の優しい手が、私の頭を撫でる。

温もりが、心の暖かさが氷を溶かす。


外からは鈴の音が聞こえる。

シャンシャンシャンと、小気味の良い幸せの鐘が。


今日はクリスマスというらしい。

その日は皆の夢と願いが叶う、一年でたった一度の、奇跡の一日ことだ、と。

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