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第89話「夢心地の夜」

 ペルレプでの戦いより、数時間後のこと。


 ヴァレスの商館、その特に広い一室が、南部救援軍の総指揮官にしてパラディン伯ロンスン・ヴォーンの居室となっている。

 赤髪碧眼で長身の男で、どこぞの傭兵のような若々しくも物騒な雰囲気の猛将は、噂どおりの男であるということをこの部屋で示していた。

 今夜だけで二人です、と商館に残っている商人が零したのは、彼なりに精一杯の抗議だったのだろうと、スクルジオは溜息を吐く。


 酒豪かつ大食漢でどこぞの傭兵隊長といったほうがしっくりくるような性格にも関わらず、黙っていれば清廉なる騎士に見えてしまう。

 そういう男というものは、好き嫌い合う合わないがはっきりと出るものなのだ。

 これで怨み妬みを引き摺るなら本当にどうしようもないロクデナシなのだが、生憎とロンスン・ヴォーンは悪口を言う時は正々堂々大声でとのたまうほどはっきりとした男なのである。


 そんな男の居室に、おまけにすでに二人も連れ込まれているというこの居室に、私は入らねばならないわけだ。

 やはり貴族として偉くなるというのも困りものだとスクルジオは前髪をかき上げ、扉の向こう側から聞こえる嬌声を無視して扉を叩く。

 ドタバタと慌しく誰かが駆け回る音が響き、舌打ちが一つ、女の声が二つ、不機嫌そうな足音が近付いてきて、



「人様の夢心地な時間に無粋なノックする奴はどこの誰だてめえ」


「オーロシオ子爵家の長子スクルジオです。当人の夢心地な時間であるのはよく聞こえていましたが、戦より帰還いたしましたのでご報告に」


「んだと、もう終わったのか?」


「はい。戦闘自体よりも撤収作業と合流に手間取りましたが」


「なんだそりゃ」



 まるで玄人の不手際だな、とロンスン・ヴォーンは怒りを引っ込めて顎を擦る。

 筋骨隆々の身体の腰にシーツを巻き付けてかろうじて局部を隠してた格好で、真面目な顔をするのはなかなか面白い。

 ロンスン・ヴォーンの肩越しに、これまたかろうじて服を着整えた女二人が平静を装っているのはさらにおかしかった。


 さきほどまで扉越しに聞こえるほどの嬌声を上げておきながら、今更なんとかなるわけがない。

 とはいえ、こんな状況だというのによくもまあ、良い女を二人も選んで部屋に連れ込めるものだと、スクルジオは呆れながらも感心する。

 ロンスンのそういうところがいいのだと、そういう女性にスクルジオは何度か出合っているが、彼にはそれのどこが良いのかまったく分からないのだった。



「そんで、奴は使える玉か? ブルって小便漏らしてたなら撤退のごたごたで始末するって話だろうが」


「使えるどころか、逸材かと。少数部隊による敵地撹乱、段階的な攻撃で敵を撤退させず損耗させ、後戻りできない状態に追いやってから痛打する……初陣とは思えません」


「てめえのところと一度やりあってるって話じゃねえか」


「万全の状態ではありませんでしたが、私の騎兵たちの突撃を前にして、彼は恐慌状態に陥りませんでした。それどころか、冒険者たちや半獣人たちに指示まで出していました」


「……おいおい、それ本当にド素人か? シェリダンの旦那やお前を疑うわけじゃねえがな、俺はそこにニルベーヌが噛んでるってのが気になるんだよ」


「能力のある転生者は活用するべきだ……、宮中伯は単に彼の能力を見抜いていたのかもしれません」


「どうだかね。能力がなきゃどさくさに紛れて始末しろってあたり、白黒どっちでも得する駒にしてんだろうさ」


「今回は白。始末する必要はありません」


「今のところは白、ってこったな」



 つまり灰色グレーだ、とロンスンが歯を剥き出しにして笑えば、急に真面目な顔になってスクルジオに問いかける。



「で、お前が白ってんなら、あの策をやんのか?」


「まずは南部諸侯が大人しく彼の存在を容認するか、それを確かめねば」


「するわけがねえだろうさ。貴族のプライドって問題じゃねえ、箔がついてねえ安物を金持ちは好き好んで買わねえのと同じだ」


「今の彼は、北部諸侯の二つの家が推薦するだけの無名の将」


「だが、お前はそこに箔をつけるつもりなんだな? そこまでやったら、もう手は引けねえ。あいつが負けたらオーロシオ子爵家にまで泥が飛ぶぜ」


「覚悟しております」


「即答かよ。まあいい、俺はこういうガツンとくる話は大好きだ。乗ってやる。俺の意思でな(・・・・・・)


「……返す言葉もありません」


「なに、南部のごたごたのせいで国が滅びるよりゃマシだマシ。で、話はそんだけか?」


「はい、それだけです。夢心地な時間に失礼いたしました」


「夢心地な時間はまだ続くがな」



 いい夢見ろよ、とロンスン・ヴォーンは笑い、扉を閉める。

 さっさと宛がわれた部屋に戻って寝たほうが良さそうだと、スクルジオは苦笑いを浮かべる。

 明日はまた、戦とは違ったところで気を張ることになるのだ。


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