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第88話「髭なしドワーフの戦勝」

 

 リンド連合の先陣をきった連隊は、大砲の散弾攻撃を距離にしておよそ二〇メートルで受けて、折れた。

 生き残った士官でさえ地面に投げ出された連隊旗を拾いあげることも出来ず、坂を転がるように敗走した。

 ただ敗走するのなら良かったが、彼らの逃げる先には同じ目的をもって出撃していた連隊がおり、そこには士官がいた。


 軍紀をもって民兵を兵士しているリンド連合において、撤退の命令を連隊長が口にせず連隊が規律を無視して敗走することは許されない。

 ゆえに、後続の連隊は敗走する者たちに銃口と穂先を向けて敗走することを許さず、なかば強引に連隊の再編成を行って追従させることにした。

 一半個連隊ともいうべき混成連隊はしかし、二の足を踏むことになった。


 敗走する連隊を説得するのに時間を割き過ぎ、再編と情報共有には時間がかけられなかった。

 連隊は行進し、射撃し、じりじりと近づきながらまた射撃を繰り返し、手投げ榴弾の雨と石畳の雨の後、散弾攻撃を最前列に喰らって半壊した。

 だが、一半個連隊という数の多さが彼らに味方した。


 投擲攻撃で穴だらけになった戦列のせいで、散弾攻撃の威力は絶大だったが、それでも後方についていた半個連隊はほぼ無傷で二〇メートルのラインを超える。

 汗と血にまみれ友軍の屍を踏み越えながら、彼らはさんざんに痛めつけられた怒りと武器を携えて稜線目掛けて突撃する。

 士官たちもそれに加わり、短槍を左手に、サーベルを右手にもって鬨の声をあげる。


 彼らを見据えている髭のないドワーフはそれに対し、掲げた右手を下ろすことで答えた。



「我が父、リー・バートンの名に栄光を刻め! 総員、突撃ぃぃぃッ!!」


「リー・バートン万歳! 南部万歳! ヒュー・バートンに続け!!」


「南部のために!! バートンのために!!」



 距離にして、一〇メートルもない。

 突如として現れた男達は、揃いの服もなく、手にした武器も農具や古びた剣などまちまちだった。

 しかし、稜線の上に現れた男達の覇気は凄まじい。


 夜の帳をつんざく鬨の声を死人への称賛の声で掻き消して、彼らは丘を飛ぶように駆け下りる。

 先頭に起つのは黒髪をオールバックにまとめた男であり、それに貧相な格好の騎士達が続く。

 ひぃっ、と家畜でも絞め殺したような声が、あちこちで上がる。


 どんな声をあげたとしても、その軍勢が止まるわけがない。

 助けを希ったとしても、哀れみを誘ったとしても、泣き喚いたとしても。

 先んじて死んでいったリー・バートンが育てた民は、兵は、止まるわけがない(・・・・・・・・)



「て、撤た―――」



 士官が口にするよりも早く、その喉元に長剣の一撃が振り下ろされる。

 数にして劣勢にも関わらず、ヒュー・バートン率いる民兵達は鬼気迫る勢いで連隊を蹂躙した。

 剣が振り下ろされれば首が飛び、農具が槍がわりとなって胴に突き刺さり、殻竿が振るわれれば血飛沫が舞う。


 兵が兵であるには、規律が必要だった。

 しかし、打ちのめされ殺され、なおも敵の刃が煌く中では規律もなにもあったものではない。

 悲鳴をあげ、助けを求めながら恐慌状態に陥った兵とも言えない連中が逃げ出すのは、必然だった。


 士官でさえその職務を忘れ、ただ死から逃げ惑う人間・・になった。

 後ろを振り返るのさえ恐怖ですることもできず、ただ丘を転げまわりながら逃げていくことしかできないのだ。

 そんな彼らの前に、一個連隊にもならないあのテッサロ義勇兵を要していた連隊が現れた時、逃亡者たちは「退け!」と叫んだ。


 身内から反乱を起こした連隊は、規律を優先すべく、その逃亡者たちを説得しようとした。

 連隊長が止まれと何度も叫び、戦列に加われと士官に命令するが、しかし恐怖に支配されたその士官は、恐怖で見開いた目を連隊長に向けた。

 彼はここから離れ、生き延びることに必死だった。


 必死であると同時に、酷く混乱していた。

 規律を投げ捨ててまで逃げようとしたとう事実、そして目の前の連隊長命令と、その後ろにいる兵たちの目。

 彼は、―――いや彼らが正気に戻ることはなかった。


 恐慌状態に陥り、敗走していた人間達は、味方であるはずの連隊目掛けて突っ込んでいった。



―――


 身体の震えはいつまでたっても治まらない。

 オレは火薬の炸裂音でビクビクとしているラバを降りて、丘を少しばかり下っていった。

 そこにあるのは死体ばかりだったから、視線はもっと先へと向けるようにする。


 死体を見なくても火薬と血の臭いがあたりには漂っている。

 鼻から息をしなくてもその臭いは口から入り込んできて、呼吸そのものを止めなければ阻止することは不可能なようだった。

 最初に筋力のあるドワーフたちが榴弾を手榴弾代わりに投げ、敵の混乱を誘い、次に剥がされた石畳を布などで投げ込み、最後に砲兵による散弾攻撃。


 最初から鼻っ面をぶん殴るより、ジャブを利かせてトドメは最後にとっておく。

 もし敵が素早く対応して一個師団クラスが丸々きたら逃げるつもりだったが、なんとかなったらしい。

 そんなことよりも、だ。



「……勝ったか」



 追撃を早々に切り上げたヒュー・バートンたちが、丘を登ってくる。

 その先にある光と怒号は、ある種の混乱を確定的なものにしてくれるものだった。

 松明やランタンの灯火がちかちかと忙しなく動き回っている。


 怒号は殺意を孕み、さらなる怒号がそれを上書きする。

 断末魔が響き渡り、小銃の発砲音に混じって士官の命令が響く。

 敗走した敵が、援軍の部隊とぶつかりあって衝突したのかもしれない。


 でなければ、こちらの見えないところで怒号を響かせ、小銃を撃つ理由はないだろう。

 それはファロイド偵察班の連中に真偽を聞いてみる必要がある。

 敵の混乱は最大限利用すべきだし、内部の不和に関するものならなおさらだ。



「いやはや、これは戦いというよりは虐殺だな」



 振り返れば、困った困った、と笑みを張り付かせながら、銀髪の幼女が丘を降りていた。

 彼女は地面に転がるリンド連合の兵達を見下ろしては、その装備の不味さや小銃の数を数えているようだった。

 暗い中では全体を把握することはできないし、すぐに撤収する必要があるので時間もないのだが。

 

 

「ローザリンデ卿は、……あーいや、なんでもない。それより、砲兵連隊の撤収作業は?」


「バートン家の連中より早くヴァレスに戻ることも可能だ」


「そこまで急がなくてもいいかな。――散弾、お見事だったぜ。あの距離まで砲撃を我慢できるなんて、世辞抜きでスゴイな」


「ふふふ。いかなる戦場においても散弾による砲兵の直接砲撃こそが、現時点で最高の火力投射手段だ。我が砲兵連隊の真価というものさ」



 まあ、金はその分かかるのだがね、という声。

 オレは苦笑しながら剣の柄に手をかけて、砲兵の隠れた欠点を頭の中にピン止めする。

 砲兵は火砲を扱う専門兵科であり、育成に時間がかかる。


 おまけに実戦ともなれば、小銃数十丁分の火薬と鉛を断続的に吐き出し続ける浪費の権化。

 ユーダル独立砲兵連隊が独自に兵站を確保していてくれたから助かるが、それでも限界はある。

 勲功爵の立場で確保できた兵站は限りがある。間違いなく、どこかで火薬が足りなくなる。



「……そっちの火薬と弾薬、あとどれくらい持つ?」


「ふむ。今回のような省エネな戦闘ならしばらくは持つ。だが砲火力に頼るような戦闘ならば、恐らく一回か二回で欠乏だろう」


「火薬の補充はこっちから供給してもいい。弾も小銃弾なら都合できる。榴弾と通常の鉄弾は無理だ」


「その時になったら最悪、そこら辺の岩でも切り崩して砲弾に加工してみせるさ」


「マジかよ……」


「ああ、もちろんマジさ。大マジさ」



 戦利品だと足元にあった小銃を拾い上げると、銀髪の少女は丘を登って連隊を怒鳴り始める。

 頼りがいのある御同郷だと思いつつ、再び丘の下を見遣れば、ヒュー・バートンたちがぞろぞろと丘を登ってきている。

 さまざまな汚れで汚れた彼らに対して、オレはなにか声を掛けるべきだろうかと思ったが、なんの言葉も浮かばない。


 指揮官というのは、変なものだとオレは思う。

 この作戦を考えたのはオレで、実行したのはオレだが、しかし、オレはこの手で一人も殺していないのだ。

 だというのに、オレの心はこう言っている。



―――お前が踏みつけている名前も知らぬ誰かさん(ミスター・ノーバディ)は、他でもないお前が殺したんだぞ?



 ああ、そうかもしれないなとオレは答える。

 この手が物理的に濡れているかそうでないかというのは、関係ない。

 指揮官というのは、作戦において生じた損失を敵味方問わずに受け入れる役目がある。


 数字にしろ、責任にしろ、それらを無視することはできない。

 人命の損失から目を背ける事は許されない、許されてはならない。

 人命を消費する戦争という構造の中において、それだけはしたくない。


 言葉は出ない。

 弔う言葉も、祈る言葉も持ち合わせていない。

 だからオレは、自分が知る限りの弔いとして、震える両手を合わせて、死者たちの冥福を祈った。


 オレの心が嗤っている。

 偽善者め、お前が殺したんだぞと囁いてくる。

 漂う血の臭いは現実でしかない。



「……知ったことか」



 偽善者であって、なにが悪い。

 冥福を祈ることの、なにが悪い。

 他人の死を大事に思い、祈りも弔いもされぬ死者に手を合わせてなにが悪い。


 死だ、ここには死が転がっている。

 暗闇の中ですべては見えないが、死の臭いが漂っている。

 その現実にいったいなにをするべきかなど、決まっている。


 死を恐れ、弔い、祈り、願うのだ。

 そこに転がっている人間がだれかなどオレは知らない。

 だが、死人である以上、オレは手を合わせる。



 今は、オレにはそうすることしかできないのだから。

読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。


感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。


感想が増えても返信いたしますので、よろしくお願いいたします。

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