第82話「南へ」
台風だったりメンタル削れて体調も崩したりで散々でしたが、なんとか書けました。
ベルツァール王国王都、バンフレートにおいて兵站の準備を確立した軍勢が出撃したのは、それから三日後のことだった。
先発隊として騎乗することのできるトリーツ及びバンフレート騎士修道会の一〇〇〇、バンフレートから出た騎兵四〇〇、スクルジオの騎兵三〇〇、合わせて一七〇〇が先行。
徒歩行軍は後発とし、軍を二つに分けた。
主な指揮官は先発隊に固まっていて、パラディン伯ロンスン・ヴォーン、スクルジオ・オーロシオ、トリーツ帯剣騎士団長ジークムント・フォン・カタリアが率いている。
後発隊は実働指揮官をモルドレッド・ボラン女男爵が勤め、兵站などの管理運用をニルベーヌ・ガルバストロ宮中伯が行う手はずとなっている。
髭なしドワーフのコウはといえば、それはもちろん先発隊に含まれており、なんならこの先発・後発の分散はこの髭なしドワーフの指示によるものなのだった。
「………おおぅ……」
まあ、その髭なしドワーフはいくつか引き連れている寝台馬車で寝込んでいるのだが。
激務と言えば激務であったかもしれない。なにせ王都に到着して二日目の早朝に、廊下で倒れているところを発見されているのだ。
荒療治の後遺症として、あまり体調が良くないということをスクルジオは知っていたが、まさかそれほどとは思ってもいなかった。
そこから宮殿医官に念のため安静するようにと制止されたのを無視して、あの髭なしドワーフは行軍計画を練り始めた。
徒歩行軍での行軍速度を懸念し、騎乗可能な戦力を先発隊としてまとめ、指揮系統を整理し、その案を語ったのである。
もちろん、それにはいくつか反論があった。
一つは後発といえど、部隊の主力となる後発隊の指揮を任されたモルドレッド・ボラン女男爵からだ。
ボロボロになった黒髪とそばかすの目立つ肌。吊り上がった褐色の瞳。背丈は高くなく、寡黙でいつも不機嫌そうな顰め面。
それがモルドレッド・ボラン女男爵であり、それがいつも幅広の片手剣を腰から下げているので、自然と雰囲気は物々しいものになる。
ボラン女男爵の意見は、
「戦力分散は愚の骨頂ではないか。敵が大軍で迫っているならばなおのことだ」
という、至極全うな意見だ。
スクルジオはノヴゴールの鎮定に何度も参加し、夜盗や山賊ども、ゴブリンやオークといった連中を相手に戦ってきた。
北部諸侯のほとんどはそうして、安定せぬノヴゴールの治安維持と、北部に流入するロクデナシどもの巣窟を掃除している。
故に、ボラン女男爵も例外ではない。
まとまった数の騎馬を育成する財力はないが、ボラン女男爵は領民と配下の騎士を募って度々鎮定に参加しているのだ。
そのため、戦がどういうものかというのをある程度は理解している。
それに対して髭のないドワーフは地図を指差しながら、
「いや、これは戦力分散ではなく役割分担なんだ。機動力の高い軍でまず南部に入り、援軍の到来を形で示したい。それに主力が来る前に現地の状勢を把握しておきたいんだ」
「先発隊のみでの戦いは起きぬということでよいか?」
「それは考えていない。とはいっても、現地の状勢にも寄るので確約はできないな。決戦は絶対に起こらないってことは確約できるが」
「つまりどういうことだ」
「オレがやるとしても、それは敵の足並みを乱すための遅滞戦闘になるってこと。―――ああ、えーっと……つまり後続が来るまでは大規模な戦闘はしない方針ってことで」
「であれば良いがな」
ボラン女男爵はそう言って、鼻でフンと笑ったのだった。
そして王都バンフレート出立前に行われた最後の宮殿軍議では、トリーツ帯剣騎士団長ジークムント・フォン・カタリアが声をあげた。
癖のある髪を長く伸ばし、髭を生やしたこの壮齢の男は、トリーツ大司教国の軍事的指導者でもある。
オットー四世の懐刀でもあり、神聖十字教会の戦士であり、騎士団の長でもあるのだ。
当然、彼の知識は戦のみならず政治の範疇にも及んでおり、教会の事情にも精通している。
それでいてトリーツ帯剣騎士団は騎士修道会の戦士たちのように、野戦医療にも通じており、その存在を無視する事は出来ない。
「先発後発と軍を分けるのは構わぬが、馬は人よりも兵站を圧迫する。後発隊が必要な食事と水を与えられぬことにはならぬか?」
たしかに、と声があがった。
馬やロバは人間よりも多くの物資を運ぶことができるが、人間より多くの水や食事を必要とし、兵站に貢献すると同時に兵站を逼迫させる。
特に馬は高価で食事をたっぷりと必要とし、そのための補給が稚拙であれば運ぶ物資と消費する物資の終わらぬ小競り合いが始まるのだ。
その小競り合いが馬だけに留まるのであれば良いが、兵站は人間にも影響を及ぼす。
馬が必要な食事をとる一方、人間は必要最低限にも満たぬ食事と水という状態は、まともな戦など出来るわけがない。
それに馬は下手な食事を与えれば腹を下すし、馬の面倒を見る者、馬を扱う者もまた飯を喰うのだ。
「それに関しては、第一回宮殿軍議で立候補があった通りにするつもりでいる」
対してあのドワーフは、特に心配した様子もなく返した。
「第一回宮殿軍議でニルベーヌ・ガルバストロ宮中伯が言っていたように、兵站に関しては彼に一任する予定だ。理由もいくつかある」
髭のないドワーフは再び咳き込みながら地図を開いて、王都バンフレートから南部に至るまでの道を指先でなぞる。
「バンフレートから南部に至るまでの道は整備され、おまけにその途中途中に町もある。これは兵站上、これ以上ないほどに好ましいんだ」
そうして始まったのは、髭なしドワーフとニルベーヌ・ガルバストロ宮中伯二人の主導する兵站論議だ。
結果は軍議参加者の面々が全員首を縦に振って、その計画に不備がないこと、万が一、なにかが起きても対応できる計画もあるということを認めざるをえなかった。
髭なしドワーフがガルバストロ卿を兵站担当に推したのは、なにより王都バンフレートのみならず、王国全土に渡る知識を持っているからでもあった。
宮中伯として国王に仕え、各諸侯達との折り合いや他種族たちとの交渉など、この国の屋台骨として君臨するエルフの事務貴族。
そのためガルバストロ卿はどの道がどのような状態にあり、それがどれほどの幅を持ち、いかに王都に通じているかをよく知っている。
長年に渡って国王の側近面をして、国の経営者にでもなったかのようだと陰口も叩かれはするが、それだけの能力と実績をこのエルフは残していた。
兵站計画は堅実なものになった。
各ギルドは南部諸侯たちと切っても切れぬ縁を持っていたし、反対して南部がなくなるなどということになれば、商売どころの話ではない。
王都周辺に土地を持つ貴族たちにとってもそれは同じで、南部が滅びれば次は我々だという意識があった。
事情を知る者たちは、次こそは我々だ、という意識を共にしている。
ギルドの構成員ならば誰でも南部の危機に関して情報を持っていたし、それが芳しくないということも知っている。
王都周辺の冒険者も傭兵への一時鞍替えを考えているという者が増えているし、神聖十字教会は南部救済資金の寄付を募っている。
―――はてさて、いったい誰が情報を広めたのやら。
癖のある髭を撫でながら、軍議を終えてトリーツ帯剣騎士団長ジークムント・フォン・カタリアは言ったものだ。
臣民たちの不安は程度こそあれ最低限と言ってよく、王都から逃げようとする者はほとんどいない。
一方で、諸侯たちや権力、財力を持つ者たちは南部の危機を真剣に捉えざるを得ない状態にある。
適材適所か、とスクルジオは苦笑する。
度胸はある。指揮も取れる。ただそれだけで終わる者は大勢いる。
だがどうやら、あの髭のないドワーフはそこで終わる者ではないのかもしれないと、スクルジオは期待を抱く。
なぜなら、という言葉は使うまい。
それは髭のないドワーフ、コウの命を繋ぎとめた者の一人として当然のことだ。
あのドワーフの命が、己の左腕の価値を越えるならば、きっと年老いてから左腕など失って惜しくはなかったと、胸を晴れるのだろうから。
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