第7話「次の転生者はきっとうまくやるでしょう(願望)」
鏡面の向こう側のエルフの大臣は「敬語は抜きで良い」と言って、そのまま話を始めた。
『まずはようこそ、転生おめでとう。私も転生してこっちに来た身だ。お前が常識的なら仲良くしよう』
「初対面の人間に向かっていきなりそれは常識的じゃねえと思うんですが。まあ、それは置いといて、わりとこっちの世界だと転生者ってベタなのか? えーっと、ニベール・ガルバントロ卿?」
『ニルベーヌ・ガルバストロだ。覚えるのが苦手ならニルベーヌでいい。こっちでベターと言えばベターな存在だが、原理についてははっきりとしたことは分かってない。現在、私が管轄している省内で把握している転生者の数はおおよそで三百人程度だが、歴史上の偉人や罪人の中にそれらしい奴らがちらほらいる。後々の転生者のためにと、あちこちで尽力した奇特なヤツもいた』
「すっげぇ優しい人だったんだろうな、そういうヤツって」
オレが特に意味のない返事をすると、ニルベーヌは鼻で笑った。
『どうだかな。逆に国家反逆罪などで処刑される不心得者がいるのも確かだ。特に多いのは、オレが特別でちはほやされてるのはオレがすげぇからだ、という、馬鹿な不良とまったく同じ思考回路の人間だ。技術レベルの優劣を文明レベルの優劣と考えている者も少なくない。それでいて、二一世紀技術の知識は持っているから、下手にハマると手酷い損失を喰らうのだ』
「その声音からすると、もうすでに手酷い損失を喰らった後……?」
『隣国の王家が転生者の政治団体の扇動で根絶やしにされ、我が国から独立した鉱山都市がすったもんだの挙句に滅び、年に数度はこちらの管轄外の転生者が黒色火薬絡みの窃盗や自爆事故が起きているのが現状だ。ダーウィン賞ものの死に方をする転生者ならまだマシなんだがな……派手にやらかす奴らが多い』
苦虫を噛み潰したような表情で胃の辺りを摩る姿は、どう見ても無能な部下に苦しむ上司の鑑である。
どうやら転生したからといって、絶対にこの世界で成功できるわけではないらしい。目の前のニルベーヌは宮中伯とかいう大成功人生謳歌中だが、そこまで幸せそうには見えないし。つか胃の耐久度が絶対レッドゾーンの顔してるし。絶対。間違いなく。
「マジでご愁傷様です」
『ご愁傷様でロウワラの二万人とあの鉱山が戻ってくるならいくらだって祈ってやる……。で、お前はここで何がしたいんだ? 一国一城の主になって王様気分でハーレムでも築くつもりか?』
「あ、いいねそれ」
『やれるものならやってみろ。私の目が黒いうちは――』
あんたの目って青いじゃん、と言いたいのをオレはぐっと堪える。
『この国をお前らみたいなのに乗っ取らせたりさせるものか。たかだか人間一人の数十年の悦楽のために、なぜこの国の数百年の歴史を捨て去らねばならんのだ。ともかく、現状として我々の国は不安定な情勢にある。いい大人ならパチンコ打ちみたいな一攫千金物語など夢見ないことだ』
「あー、んじゃ小銭をちびちび稼いでここら辺の町でスローライフするのはおk?」
『一向に構わない!』
ニルベーヌ、顔面がこっちにすっ飛んできそうな勢いで即答。
これにはオレもさすがに苦笑せざるをえない。どんだけこいつに面倒かけたんだ他の奴ら、である。
さすがに取り乱したことが恥ずかしいのか、ニルベーヌは「こほん」と咳払いして続ける。
『いやむしろそうしていてくれ。頼む。そういう人材ならむしろ大歓迎だ』
「なら良かった。オレ、そういう大出世して偉くなるってのはあんまり憧れないんだよ。忙しそうなのは苦手だし、出来たらまあ、こっちの歴史とか戦史の研究とかしてたいくらいだからさ。本に囲まれてのんびりできたら最高って価値観だよ。壁面ぎっしり古書で埋め尽くされた部屋で珈琲か紅茶飲んで、最後は老衰で死にたい」
『本? そんな願いで、いいのか? ………転生者についての研究では、一応、転生者は転生した種族の性格を強く受ける傾向があるそうなのだが、お前はどうも、そうではないようだな。ドワーフは鉱山を、ひいては家族や友との情によって動く傾向がある上、高価で豪奢なものや鉱物を好むが、……お前のそれは魔法使いか隠居暮らしの偏屈爺のそれにしか聞こえん』
「偏屈爺で悪かったな!!?」
『私は一向に構わない。むしろその願いを叶えるためにがんばってくれと応援しよう』
「そりゃどうも。本棚や古書を仕入れて送ってくれるってんなら万々歳だよ、大統領」
『私は宮中伯だ。髭のないドワーフ』
「コウでいいよ、ニルベーヌ。そっちはエルフだそうだけど、この世界で気をつけることってなにかあるか?」
ルールーが視界の端っこで首を捻っているのを無視しながら、オレは問う。
ニルベーヌはそれを待っていたと言わんばかりに口元に不敵な笑みを浮かべて、
『人間ではない種族に転生したならば、以前とは時の進みが数段速いということに気がつくだろう。それを心しておくといい。注意しなければ数日、単調な生活を続けていればあっというまに半年、あるいは一年など風のように過ぎ去ってしまうだろう。なにか大切な約束事をした時などは気をつけるといい』
「なるほど実体験からくる忠告ですな」
『やかましい。この髭なしドワーフ。お前の首を柱に吊るしてやろうか。それとこのベルツァール王国は多種族を抱えている。種族間の文化や認識の違いには気をつけろ。いつまでも日本人意識でいると不評を買うこともある』
「なるほど。……でもまあ、なんとかできそうならオレはこの中世ファンタジーを満喫するぜ。不便っちゃ不便だがキャンプ好きアウトドア大好きなオレにはたまらん。マジな中世よりはまだマシだろうしな」
『こほん。転生者の中には有益な成果をあげる者も時折、存在するにはしているからな。お前もそういう類の人間……いや、今はドワーフか。ともかく、そういう類のドワーフであることを祈っている。――それでルールー、なぜ画面の隅で首を傾げている。こいつの《贈り物》が分かったのか?』
「えっ、あっ、その、………なんだか、なにもない、ようなので……おそらく、その、たぶん《失楽者》かと……」
『《贈り物》が、ない?』
「……なんでいきなり二人してそうやってオレのことをかわいそうな人を見るような目で見るわけ!?」
とても気まずそうに言い出し目線が完全に末期患者を見るような目になっているルールーと、眉間に皺を寄せて、まるで今から「申し訳ありませんが、現代医学ではあなたの寿命はそれほど長くはありません」とか言い出しそうなニルベーヌの目に耐えられず、オレは反射的にツッコミを入れた。
オレはまだまだ元気だよ! ちょっと前に死んだばっかりだけどな!!
解説コーナー
二万人……死者行方不明者含。本当の中世だったら首都が丸ごと吹き飛んだレベル。現実における東日本大震災では一万八千半ばであり、まさに【災害】である。余談ながら作者も被災者なのだが、あの光景はもう見たくない。