第80話「右のロンスン」
お盆休みで墓参りなどに行ってました。
更新期間を延ばしすぎるのもちょっと考えものなので、短めですが更新します(’ ’
ベルツァール王国の王室に仕えるパラディン伯の一人、ロンスン・ヴォーンはバカではない。
右のロンスン、烈火のロンスン、盾なしロンスン、ベルツァールの剣などと呼ばれるだけあって、無能でもない。
とはいえ、冗談に品がなく、酒豪かつ大食漢でどこぞの傭兵隊長といったほうがしっくりくるような性格なのは間違いない。
燃えるような赤髪は視界の邪魔にならぬよう短く整えられ、オールバックに纏めていた。
知的そうに見える碧眼は、しかしその不良のような雰囲気のせいで大いに損なわれている。
けれども、だからといって、なんかチンピラっぽくても、バカではない。
そのため、宮殿軍議を終えて夕飯を食って風呂に入って少しばかり酒を飲んでから、ロンスン・ヴォーンは歩いた。
肩で風を切り、どかどかと足音を響かせながら、何人にも道を譲らずに通路のど真ん中を大またで歩いていった。
そうしてノックもなしに扉を開け、後ろ手でそれを閉めながら、大声で言い放ったのである。
「いったいぜんたい、どういうつもりなんだか説明してもらおうじゃねえか、ニルベーヌ・ガルバストロ」
「………ロンスン、貴様、公人として人に会う前に蒸留酒をしこたま飲んできたなお前?」
「はっ、あれくらいしこたまには入らねえよ。で、どういうつもりなんだよ、えぇ?」
「あの髭なしドワーフのことか」
「それ以外になにがあるってんだ。お前とタウリカ辺境伯の連名ってのは分かった。能力があるってことだろうな。が、手前の真意はそこじゃねえはずだ」
「あの髭なしドワーフの能力を少しばかり買っているのは、本当のことだ」
「だがそいつは、お前の本当ってやつのすべてじゃねえ……よな?」
「当たり前のことを聞くな。私は、嘘はついていない」
「ああ、だろうな。だが、言ってねえことがしこたまある」
「これくらい、しこたまの内には入らないだろうがな」
皮肉ってガルバストロが言うが、ロンスン・ヴォーンはそれを無視した。
たしかに少しばかり鼻についた台詞だったが、今回は自分がなにかを言うためにここに来たのではない。
ここにいるガルバストロという男に、言わせる為に来たのだ。
「さてはこれが成功しようと失敗しようと、あのドワーフ一人のすべて背負わせる腹積もりだな」
「分かっているなら、わざわざ私に確認をする必要もない。その顔なら理由の検討もついてるのだろ?」
「南部失陥をダシにして、諸侯達から兵を毟る腹積もりだろうが。さっきの軍議でドワーフ女が言ってたことと、変わらねえ策だ」
「南部諸侯の領地失陥という懸念を、他の諸侯達は無視できない。ヘレン・ロウワラが二ヶ月稼ぐまでもなく、彼奴らは出兵に応じる」
「相変わらずムカつく野郎だな。……んで、その策で勝てる見込みはあるんだろうな」
「南部が墜ちれば西部の連中も無視できん。ノヴゴールからも兵を募れば、二万は超える。傭兵や冒険者どもも動員すれば三万にはなる」
「それで国の財政が持つのかよ? 傭兵と冒険者は食い扶持がなけりゃすぐ離れてっちまう。集まったが脱走しましたじゃ、はいそうですか、とはいかねえぞ」
大股でロンスンは歩き、机の上から書類を横にどけ、そこにどかっと腰を降ろした。
何枚かの書類がパラパラと机の下に落ちていったが、それがなんの書類なのか机に座る彼は知らない。
机の向こうできちんと椅子に座っているガルバストロは顔を顰めているが、ロンスンは気にもせずに口を開く。
「おれたちの王が処刑されれば、この国は滅ぶぞ」
「それも分かりきったことだ。諸種族に等しく英雄視される聖王、アルフレートから始まる現王室が断絶することなどがあれば、ベルツァールは二度と今の形に戻らないだろう」
「つっても王国内のエルフもドワーフも半獣人も、ファロイドは論外としたってな、あいつらの王室を守る気なんてものはねえだろうが」
「当の聖王アルフレート本人ならば話は違うだろう。我らだって、彼らを庇護するという契約すべてを真面目に守ってきたわけではない」
「ここまで来てどっちもどっちとか抜かすってのか」
「お前たちは戦っているだけでも問題ないが、私のような人間はそういう世界で日々を過ごしているんだ。文句ばかり言ってないで、今は最善を尽くすことを考えたらどうだ!!」
机に拳を叩きつけ、ガルバストロ卿がロンスンを睨みつける。
「我が国がリンド連合のような大軍を組織することは不可能だ! 諸侯達を団結させるにしても、彼らに明確な危機感を与える必要がある! 南部諸侯たちは―――」
そこまで口走ってから、ガルバストロは喉元まで出てきた言葉を一度飲み込んだ。
ガルバストロは王の側近であり、国の重鎮であり、つまりは政治家だ。言っていい事と悪いことがある。
だが、今ここにいるのはロンスン・ヴォーン、ただ一人なのだ。
胃の痛みが酷くなるのを自覚しながら、ガルバストロは息を整える。
それを見つめながらも、ロンスンは足を組んで腕を組み、胃の辺りを擦る彼に声をかけようとはしない。
ここには言うために来たのではないのだと、言わせる為に来たのだと、無言でその碧眼が語っている。
言わずにおいたところで、考えは見透かされているのだと、ガルバストロは思う。
ロンスン・ヴォーンという男はそういう直感を持っているし、なにより、バカではないのだ。
こいつを上に立てて戦をしなければならないあのドワーフのことを案じながらも、ガルバストロは言った。
「今回の遠征が失敗すれば、南部諸侯とあの髭なしドワーフは、軍事的最終目的のためのいたしかたない犠牲となる……間違いなく」
「それが、お前の考えた答えってやつだな?」
「……ああ、そうだ。だからこそ、最善を尽くして欲しい」
「善性のある人間じゃねえから、最善ってのは柄じゃねえが―――」
よっと、とロンスンは机から腰を降ろして、不敵な笑みを浮かべながら振り返った。
オールバックの赤髪は燃えるようで、碧眼は鋭く光り、歯を剥き出しにしながら笑う様は貴族とは程遠い。
しかし、そうであったとしても、ロンスン・ヴォーンがベルツァールに必要なのは、その肩書きに表れている。
「パラディン伯、ロンスン・ヴォーン。我が名にかけて、目指す限りの最高の戦をしてやろう」
「………頼んだぞ」
国と王のために、とガルバストロは口には出さなかった。
口に出さずともそんなことは、二人とも分かりきっている。
国の王のために、我らはこれより旗を掲げて血を流すのだ、と。
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