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第78話「宮殿軍議」

 部屋は広く、巨大な円卓が置かれていた。

 王都バンフレートの宮殿の一室で行われる軍議には、すでに参集に応じ兵を伴っている諸侯、そして貴族たちが列席している。

 まずは国王がこの場に来る前に、初参加となるオレの紹介と、ガルバストロ卿からオレに対して列席者のご紹介が行われた。 


 よく手入れされた白髪と豊かな白髭を蓄えた、痩せぎすのサンタのような人物は、西部都市国家連合の一つ、トリーツ大司教国のトリーツ大司教兼選帝侯オットー四世。

 さらには銀の長髪を三つ編みに纏め、エルフのように整った顔と長身痩躯の男、すでに顔見知りである北部諸侯オーロシオ子爵家の長子、スクルジオと、その配下の騎士が五名並んでいる。

 スクルジオの隣には、気難しそうに口をへの字に曲げている黒髪の女性、ボラン女男爵が居り、その配下の騎士六名。


 そして国王の座するであろう豪奢な椅子を挟んで左右に、パラディン伯が二人睨み合っている。

 一人は右側の席に座っている赤髪碧眼で長身の男で、どこぞのチンピラのような若々しくも物騒な雰囲気を出しているのが、勇将ロンスン・ヴォーン。

 一人は左側の席に座っている小柄な女性、深い青の瞳に長い黒髪の可憐な女ドワーフ、鉄壁ことヘレン・ロウワラ。


 そんな二人が攻撃だ防衛だと、頼んでもいないのに円卓を挟んで絶賛睨みあいをしている。

 これがチンピラと少女のにらみ合いならいいのだが、それなりに場数を踏んでいると思われる二人が、しかも国王の側近と言っても過言ではない二人が睨み合っているので、場の空気は滅茶苦茶硬い。

 硬い、と思われるのだが、オットー四世なんかは白髭を弄っているし、スクルジオなどは何事もないかのように会釈してくるし、ボラン女男爵などは完全無視して配下の騎士と話し合っている。



「……パラディン伯って、近衛というか、親衛隊的なポジションなんじゃなかったっけ?」

 

 さすがに心配になったので、オレは隣にいるガルバストロを肘でつついて耳打ちする。

 目からビームが出ていたら、ロンスンとヘレンのビームが円卓の片隅でバチバチ炸裂しているところである。

 というか、いつつかみ合いの喧嘩になるのか分からないような険悪な雰囲気なのに、周囲がまったくそれを気に止めていない。



「あの二人はいつもこうなのだ。右翼のロンスン、左翼のヘレン、ロンスンが剣ならヘレンは盾。どちらもお互いを嫌っているが、それはともかくとして相手の実力や能力は認めている。本当ならば三人目のケルケット・カルケットが二人を取り持つのだが……失陥したロウワラで動きがあったらしくてな。今は王都にいないのだ」


「さすがに国王が来たら収まるんだよな、あれ」


「収まるときもあれば、収まらないときもあるし、逆に悪化することもある」


「そんな状態で大丈夫なのか……」


「あれで本格的な殴り合いにはならないからな。いつものことだ。そろそろ国王陛下が来られるはずだが」



 一抹の不安を覚えながらも、オレはベルツァール王国現国王が、この軍議の場に来るのを待ち続けた。



―――



 ベルツァール王国国王、ジグスムント四世が軍議に現れたのは、それから三〇分も経ってからのことだった。

 軍議に現れた国王は、オレが想像していたよりもずっと若く見え、髪にも髭にもまだ白いものは見受けられない。

 年齢は恐らく四〇後半から五〇歳あたりといったところで、収まりの悪い栗色の髪に王冠を頭に載せ、仕立てのいい生地で作られた衣服を纏っている。


 オレは頭の中で王様といえば宝石じゃらじゃらというのを想像していたのだが、ジグスムント四世はそうではなかった。

 宝石のような装飾は最低限で、衣服の装飾はほとんどが布の飾りと毛皮であって、指輪も二つほどしか嵌めておらず、それにしたって宝石がはめ込まれているのは一つだけ。

 そんな身なりであっても、王が現れると空気が変わった。


 誰かが促したわけでもなく、円卓を囲む諸侯と貴族たちは頭を垂れる。

 ガルバストロももちろんそうしたので、オレもそれに倣ってそうすることにした。

 それまでにらみ合っていたロンスンとヘレンでさえ、頭は垂れつつ睨み合っている。



「頭を上げよ。再度、頭を下げる必要はない。―――宮中伯ニルベーヌよ、遠出ご苦労。参集に応じた卿らにも礼を言いたい」



 ジグスムント四世がそう口にして、軍議が本格的に始まる。

 初参加のオレなどは後に回し、まずは現状の報告が連絡要員として派遣されている、南部諸侯連合の騎士の口から語られた。

 現地からの報告方法も緒戦では早馬での報告だったが、これは時間がかかるため、現在は魔法を使っての現地からの状況報告へすでに移行している。


 金がかかる、とガルバストロ卿が言いそうだと思ったが、隣の目つきの悪いエルフは一言も漏らさない。

 早馬での報告から、時間当たりにしてかなりコストがかかる通信手段へ移行したという事は、それだけ自体が切羽詰っているからなのだろう。

 実際、南部諸侯連合の騎士の表情は硬く、言葉は暗い。



「敵軍は付近の村々を制圧しながら、ゆっくりと進軍を続けております。すでにマクドニル子爵の領地などは八割を失陥、敵軍はその矛先をカリム城伯領へと向けております」


「敵軍から見て右翼山岳部のヴォスパー子爵領には目を向けず、さらに奥地へ進撃する形か」


「その通りでございます、スクルジオ殿。しかし、敵軍はその圧倒的な数で守られております。一昨日の未明、ヴォスパー子爵の配下が夜襲を決行いたしましたが、結果は芳しく―――」



 端麗な顔立ちのスクルジオがそれ以上語らずとも良い、と手で騎士の言葉を遮った。

 大軍に対する常套手段として、横合いからの奇襲、しかも夜襲を敢行したが、結果は芳しくないらしい。

 場の空気がさらに重くなっていく中、サンタのような顔だちのオットー四世が騎士に言った。



「南部諸侯は……、彼らは、なんとか踏ん張っておられるのか?」


「はい、踏ん張っております。しかしながら大司教猊下。我ら南部諸侯は緒戦でリー・バートン男爵だけでなく、少なくない数の兵を失っております。援軍なくば、南部はこのまま飲み込まれかねませぬ」 


「うむ。して、次期バートン男爵であるヒュー・バートンは軍の再編成を?」


「その通りで御座います。ヒュー・バートン男爵は、領地にて復讐戦と決し領民より兵を募っております。領民には、この戦い失すれば冬は来ぬだろう、と」



 騎士が絞り出すような声で言うと、オットー四世はその瞳を細めた。

 領主が領民にそのような言葉を告げたということがどういうことなのかは、オレにも大体想像がつく。

 ヒュー・バートンという男は、戦いに負けるようなことがあれば自ら破滅すると告げたのだ。


 それが凶悪な敵による破滅ならば、まだ良い。

 そうであればどこかでひっそりと隠れて、嵐が過ぎ去るのを待てば良いのだ。

 だが、それを領主自ら言ったとすれば、話は変わってくる。


 これは前バートン男爵のための、復讐戦である。

 それをどこかでひっそりと隠れて、前領主への恩など忘れてのうのうと生を送る。

 復讐心を持つ者が、そのような恩知らずな行いを許すわけがない。 



「バートン男爵は、総力を結集するのだな」


「左様で御座います、大司教猊下。バートン男爵の覚悟は本物で御座います。何卒、この戦の後には御助力を」


「トリーツ大司教国は援助を約束しよう。西部の他の者達にも、よく聞かせてみる」


「ありがたきお言葉。感謝いたします」


「うむ。……しかし、状況は悪化する一方であるな。いかにする、ガルバストロ卿?」


「南部諸侯の為にも、我々は援軍を出すべきでありましょう。人員も、物資も、すべてにおいて」



 ニルベーヌ・ガルバストロはそう言って、円卓に居並ぶ諸侯達に視線を向ける。



「人員については、西部のトリーツ大司教国よりトリーツ帯剣騎士団五〇〇、ヴァーバリア公国よりユーダル独立砲兵連隊の五〇〇。この内、ニーニャ勲功爵のユーダル独立砲兵連隊は輜重隊を王都で編成し、すでに南部へ向かっているそうだ」


「アイシア公国とラグーサ共和国からは、兵は出ぬか」


「アイシア公国は物資支援を、ラグーサ共和国は金銭支援を確約したようです。国王陛下」


「それが限界というところか……。話を進めよ」


「畏まりました。―――北部からはオーロシオ子爵家よりスクルジオ殿率いる騎兵が三〇〇と歩兵が一〇〇〇。同じく北部のボラン女男爵率いる、徴募兵一七〇〇。合わせて計三〇〇〇」



 少し意外だな、とオレはスクルジオを見る。

 この前のいざこざの遺恨はないが、被害があったのは事実だ。

 出兵しない理由がきちんとあるというのに、騎兵三〇〇まで連れて参集に応じている。


 北部統括役のノールラント侯爵から強要されて、とかならまだ分かるが、侯爵にそんな悪い噂は不和は聞かないのだ。

 だとしたら、この前のいざこざの汚名を注ぐための出兵なのか、とオレは考える。

 諸侯たちの出兵の理由は、配下の騎士達の士気にも関わるだろうし、騎士達の士気が低ければ追従する兵の士気も低いものになるからだ。



「そして国王陛下が治める領地よりは、騎兵四〇〇、砲兵一〇〇、銃兵一〇〇〇、パイク兵一〇〇〇、さらにバンフレート騎士修道会から五〇〇を数え―――」



 そこで一度言葉を区切って、ガルバストロ卿は手元にある羊皮紙にある数字を読み上げる。


 

「内訳は騎兵七〇〇、砲兵六〇〇、銃兵一〇〇〇、歩兵相当が四七〇〇となる。我らが軍勢は総計で七〇〇〇。兵站方面は王都の各ギルドを含め、すでに契約をつけてある」


「南部の軍と合流すれば、一万を超える大軍であるな。して、指揮をとる者についてガルバストロ卿はなにか案があると聞くが、申してみるが良い」

 

「畏まりました」



 ジグスムント四世がガルバストロ卿にそう言いつつ、ちらりとオレの方へと視線を向けてきた。

 その視線は不審や不安などはなく、ただ純粋にこちらがどんな人物であるかを計っているような、そんな目だ。

 偉ぶっているわけでもなく、達観しているわけでもなく、王たる器が王となっているのだなと、そう納得できる説得力がジグスムント四世にはある。

 ガルバストロ卿はオレの方を向き、諸侯達に毅然とした態度で告げた。


 

「国王陛下ならびに各諸侯の参集した軍の指揮をとる者として、私はタウリカ辺境伯シェリダンと連名でこのドワーフにして転生者である、コウを推薦する」



 ぴしゃり、と場が水を打ったようになる。

 それまでガルバストロ卿に注がれていた目線すべてが、オレに突き刺さり、値踏みするような目が円卓にそってぐるりとオレを取り囲む。

 熱を持って軋む膝ががくがくと震え、冷や汗が湧き出すが、それでも騎兵突撃の矛先に居た時より、気分はまだ楽な方だった。


 カツン、と杖をついて、オレは静かに立ち上がる。

 円卓に居並ぶ面々に失礼のないようにお辞儀をしようとしたが、ジグスムント四世はそれを手で遮って着席するように促した。

 あれオレなにかヤバイことしたかっ、と心臓バクバク状態で席に座ると、国王が口を開く。



「我が方は構わぬ。タウリカ辺境伯と宮中伯の連名の推薦であれば、欺瞞などではなかろう。しかし、そこの転生者よ」


「は、はい!」


「もし、とは言わぬ。諸侯でも貴族でもないその身、名も起たぬ無名の者よ」



 椅子から身を乗り出して、顎を手に乗せ、



「その身の無名さ故、敗戦の責は己が命となることは、覚悟しておられるか?」

 


 どこか哀れむような表情で、ベルツァール王ジグスムント四世は言った。


読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。


感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。


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