第77話「王都バンフレート」
熱くて溶けそうになっていますが、なんとか書けました。
予告していた通り、今回から視点が戻って髭なしドワーフのものになります。
王都と言われるだけあって、ベルツァール王国の首都であるバンフレートは栄えている。
北部諸侯たちの街などを眺めながら四日ほどの日程で辿り着いたオレたちを待っていたのは、二つの川の合流地点に構える王都という響き違わぬ城塞都市だ。
堀と城壁に加えて、川に面した地点にはそれらの城塞とは別に要塞と砲台場が設けられ、それでいて二つの川と陸路での馬車や船の巡りは活発だ。
馬車はそうした都市の中を、王の住まう宮殿へと向かう。
街並みは整備され、ギルドや商店の看板があちこちに並び、教会の尖塔がそうした家々の屋根からひょっこりと顔を出している。
種族比率としてはやはり人間が一番多いが、バンフレートではドワーフもいればエルフもいて、さらにはファロイドもあちこちで客寄せや宣伝、あるいは語り弾きの詩人などが楽器を手に歌っていた。
ギルドの看板はどれも堂々と掲げられ、店ごとに特徴のある看板を軒先に掲げ客寄せをしている。
その看板でさえどれもこれもがかなり力の入ったもので、装飾も色使いも、色の種類だってタウリカで見たどの看板よりも種類が豊富だ。
市場は栄えて人の数だってタウリカの比ではなく、馬も船も、ものを運び続けている。
「今まで住んでたタウリカが北の辺境ってよくわかるなぁ……」
「タウリカは要衝でもあるし、ノヴゴールからの富も集まるから、ただの辺境ではながな。とはいえ、王都バンフレートに比べれば辺境の部類だろう。ここは魔法使いの国であった頃から人間の都市があったのだ」
「なるほどね。しっかし、二つの川の合流地点に城塞と要塞って、ヤバイな。要衝に防御施設があわさって最強に見える」
「見る者が見れば堅牢な都市に見えるそうだな。私にとっては城壁と要塞のせいで、行政区分が面倒で区画整理がしにくい面倒な都市だが」
「内政司ってる方がいると、そういうとこも分かって楽しいな。そっか、城壁がいくつもあるから区画整理できねえのか」
「王都バンフレートはここ数十年、戦火とは無縁だ。だから交易で合理化をしようとしたが、古い城壁の撤去となると……貧民層が、な」
「貧民層、か……」
「ここバンフレートでは明確に『貧民街』と呼ばれる地区はない。が、」
また胃でも痛くなったのか、ガルバストロ卿は顔を顰めながら続ける。
「都市が大きくなる度に増築された城壁は木の年輪のように重なっている。いくつかの城壁は修繕も最低限に放置されていて、今では貧民層の住居がへばりついてさながら九龍城砦のようになっている」
「九龍城砦ってーと……香港にあったやつか。オレが生まれた頃にはもうなくなってたなぁ」
「……生まれた頃にはもうなかったのか?」
「ああ、なかったらしい。というか、九龍城砦自体、あったって話とか画像見たくらいだし」
「そ、そうか……」
なぜかショックを受けているようなガルバストロ卿。
ジェネレーションギャップかなにかでも炸裂したのだろうか。
ギャップって炸裂するとびっくりするし、自分の歳も自覚させられてツライよなぁ、と思いながら、オレは窓の外を眺める。
その時代その時代で増設されてきたといわれた城壁は、たしかに様式や形式もさまざまだ。
王都の一番外に築かれた今でも現役の城壁は、どこかの誰かの入れ知恵があったのか、堀も深く大砲の砲弾にも耐えられるよう城壁の後ろに土を積めてあった。
第二城壁、第三城壁は昔に作ったものを第一城壁と同じ様式に仕立て直したようなもので、高さも堀も第一城壁ほどではないが、十分に外敵の侵入を防ぎそうだった。
城壁はすべてが十メートルを超える高さで、大砲が据え付けられ、兵がいる。
これで兵糧さえ蓄えていれば、篭城戦となってもしばらくは持ちこたえるだろうと、オレは思った。
そうして、堀を渡り城壁を潜り、王都バンフレートの中心へと馬車は進んでいく。
「ああ、件の城壁は、あれだ」
「あれってーと……」
ぎしぎしと馬車の揺れに応じて痛む関節を揉み解しながら、杖をついて身体を乗り出すと、見るも無残な姿になった中世っぽい城壁があった。
寸法もまちまちの木材をつなぎ合わせてたような小屋が二段にも三段にも重なっていてて、それらがフジツボのように城壁にへばりついている。
城壁のあちこちには雑草が生え、酷いところは一部分が崩壊し、城壁の中にさらに粗雑な小屋がひしめくようにして建っている。
「……城壁っていうより、なんだ、マジで九龍城砦。人口密度高そう」
「だろう。あの住居だけでなく、どうも無断で増改築を繰り返しているらしくてな」
「なんとかしようって試みは?」
「国で戦が起きると、その避難民が王都に流れ込み、大抵がああいうところで貧民層になる。その繰り返しだ。退去させようにも、数が多い上に腐っても城壁だ」
「廃城に篭ってるようなもんか。抵抗されたら厄介だもんな」
「ただでさえ我らがベルツァール王国は内憂外患もいいところなのだ。エルフ、ドワーフ、人間、半獣人、ファロイド、魔法使い、それらがそれぞれの土地を持ち、権利を主張する。すべてを庇護するベルツァール王の威光と、初代国王である聖王アルフレートの偉業の残り火が、我々の住む現在を照らし、なんとかまとまっているに過ぎない。王室の威光、王冠の権威こそがこの国を繋ぎとめている楔なのだ」
「……それで、オレはそんな御国で軍師となるわけだ、と」
変わり果てた城壁を越えて、さらに奥へと馬車はすすめば、古めかしく仰々しい門があり、それを潜れば整備された庭園と宮殿が姿を現す。
衛兵があちこちにいるだけでなく、俗世と切り取られたような雰囲気が、こここそが王都バンフレートの中心でありベルツァール王が住まう場所なのだと告げているような気がした。
庭園の一部は練兵場になっていて、そこには衛兵とは違った軍装を身に纏い、練兵に励む一団があった。
馬車から遠めに見るだけで分かるが、装備はてんでバラバラだ。
パイク兵の集団がいるかと思えば、火縄銃で武装した銃兵隊がおり、騎兵が駆けていると思えば、その騎兵の装備もサーベルだったり槍だったりする。
これらをまとめなければならないと考えると、頭とか胃のあたりが痛くなる。
「動員がどの程度進んでいるかにもよるがな。参集に応じてくれれば、西部からは一〇〇〇ほど。北部からは確実に三〇〇〇は、王都からも三〇〇〇は出せる」
「一〇〇〇人ごとに一個連隊に分けるとしても、七個連隊相当か。兵站は?」
「このニルベーヌ・ガルバストロ宮中伯がなんとかする」
「分かった。とりあえず、詳しいことは軍議を開いて話し合うか。現状と、今後の見込みも知っておきたい」
「ああ、王を交えて軍議としよう。ルールーなどはまず別館で休んでもらう」
つまりそれはオレだけ休みなしってわけですね、とオレは思いながら、装備も動きもバラバラの兵たちを見る。
兵たちが従っているのは王の参集に応じ兵を起こした諸侯と、諸侯に指揮官と命じられた貴族たちだ。
さっき口にしたように一〇〇〇人単位で区切られているわけもなく、実際はもっと数もバラバラで、指揮系統も褒められたものじゃない。
国王とニルベーヌ・ガルバストロ宮中伯の後ろ盾があっても、面倒は避けられない。
間違いなく指揮権を巡っての権力闘争のようなものがあり、不和もあり、軋轢は懸念として残り続ける。
クラウゼヴィッツがこういうのを《摩擦》と言っていたなと考えながら、オレは胃の辺りの痛みをまぎらわすために鳩尾のあたりをさすったのだった。
読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。
感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。
感想が増えても返信いたしますので、よろしくお願いいたします。