第76話「騎馬と将軍」
引き続きリンド連合視点です。
次の更新から髭なしドワーフ視点に戻ります。
夜が更けていくと、警備についた歩哨たちの欠伸がどこからともなく聞こえてくるようになった。
あちこちで焚かれていた焚き火も数が減り、戦いの興奮が冷めた兵達は食い物を胃に収めると、死んだように眠りだす。
革命を戦った者たちはまだ慣れているが、新規に徴兵された者たちは寝床についても眠れずにいるだろう。
ウィクトリアがやっと眠りについてから、サトルは軍本部が構えるテントで地図と向き合い、頭の中で図を広げていた。
リンド連合第四軍は、数を数えれば四万の大軍だ。それを一万ずつの師団に分け、師団の下に一〇〇〇人からなる連隊を置いている。
つまり第四軍は四個師団、二〇個連隊を保有しており、一個師団につき五個連隊を抱えている。
残りは補給など、直接戦闘には関係のない兵種や、偵察斥候についている者達だ。
幸いにしてクルストール村には冬に備え屠殺を待つ家畜がいたし、食料も想定よりずっと蓄えていたから、現状補給に問題はない。
村長を説得するのに少しばかり苦労したが、こればかりは補給手段としての徴用、言い方を変えれば略奪としての意味を考えれば、当然だった。
これから先へと進軍していく我々に対して、クルストール村の人間たちは冬を越えなければならない。
そのために家畜を減らして肉にし、燻製や干し肉などの保存食にするつもりだったのだろう。
村など、冬に食い扶持がなくなれば、村民たちは近くの村などに助けを求めるしかなく、それが断られれば飢えて凍え、死んでいくしかない。
教会の教えにあるように、人間とは生まれながらにして貴い者、祈る者、そして戦う者たちのこと。
農民や農奴たちなどは家畜と同じであって、それに求められているのは単なる労働力でしかない。
家畜である彼らを養い、育てるのは、単に労働力が未来においても均一であることを望むから。
それを、打ち破り、再び仕立て直して、ここに至る。
農民に武器を。農民を戦士に。農民にパンとスープを。
長かった、と彼は思う。これから先、まだ道は続いているというのに。
「南部を攻め落とし、橋頭堡を確保し、国内を平定し、ノヴゴールへ……」
計画は、そういう手筈になっている。
第四軍のみでの侵攻には、旧貴族たちからもかなりの反対意見があったが、それを押し通してここまで来た。
他の軍は今、失われた公爵家への忠誠を掲げた王党派と、邪教にして忌むべきものである救身教―――澱みへの対処で本国にある。
どれほどの信徒がいるかも分からず、どのような化け物を要しているのかも分からない。
故に、数的主力は本国に置き、ベルツァールとの緒戦においては一個軍のみでの対処としたのだ。
幸いにして、ベルツァール北部での出来事は、かの国が救身教と澱みに落ちたわけではないという証拠になった。
問題は魔法使いだが、それにしてもマルマラ帝国との関係を無碍にする国ではないことは、すでに歴史が証明している。
旧貴族の共和派を中心に軍を再編成し、訓練し、臣民達を国民とし、その基盤を作り戦える国になんとかしたつもりだ。
だから、国境を超えてベルツァールの南部諸侯たちと戦を交えた。
「僕がどうなってでも、僕らは進み続けなきゃならない。……ウィクトリアと僕は、そう誓ったんだ」
自分自身に言い聞かせるように、彼は呟き、再び頭の中で図を広げはじめた。
四万の軍勢のうち、ここまでの行軍で数十名ほどが慣れない道で靴擦れなどになって離脱。
南部諸侯連合との戦いでは、最後の騎兵突撃によって二〇〇名近くが死傷している。
第四軍の補給のため、後方予備には補給を専門とする輜重連隊が控えていて、負傷兵などはそちらへ後送しているが、いかんせん馬が足りない。
王党派たちとの内戦で馬だけでなく、陸竜までもが戦闘で消費され、数が残っているもので戦闘に耐えうる馬や陸竜は数えるほどしか残っていない。
革命後、その育成と馬や陸竜で貨車を牽引する鉄道をあちこちに敷いて、王党派残党との戦いでそれらの使い勝手を試してきた。
鉱山労働者たちがこうした鉄道の扱いには詳しかったので、彼らの意見も積極的に聞き入れ、農民たちとの不和も取り持った。
農民たちは土地の事情に関して精通している者もいたし、手技で機材を修繕したり改良したりも行ってくれたし、労働者たちと連携し出すと、思わぬ閃きを産むこともあった。
とはいえ、さすがに国外、他国への侵略戦争での兵站というのは、これが初体験だ。
「………レールの敷設と、物資集積所の設営は順調……となれば問題は、敵の騎兵……だな」
サトルは懸念を口にし、眼鏡の位置を直す。
ベルツァール王国の騎兵はこれがなかなか侮れない敵なのだと、緒戦で痛感したのだ。
どうすべきかと彼が考え込んでいると、立派な口ひげを蓄えた中年の男が、テントに入り込んできた。
「今、騎兵と仰りましたかな?」
「シモン将軍……騎兵は騎兵でも、僕が言ったのは敵の騎兵のほうですよ」
「ベルツァールの騎兵でしたか。しかし騎兵であることに変わりはありませんな」
「まあ、そうなんですが……」
どすどすと、シモン将軍と呼ばれた男は無遠慮に歩き、地図を横から覗き込む。
背は低くもなく高くもないが、肩幅が広くがっしりとしていて、その立派な口ひげも相俟ってまさに将軍らしい容貌をしている。
シモン・バドニー将軍は横で「面倒な人が来たなぁ」と頭を掻いているサトルを尻目に、地図を指先でなぞる。
シモン・バドニーと言えば、革命の際に精強な騎兵隊を率いて王党派たちを追い散らした英雄でもある。
そうは言っても、シモン自身爵位は低いが貴族であったし、なんなら自分の領土だって持っていたのだが、この人の人柄はなんといっても貴族らしくない。
この立派な口ひげを蓄えた男は、大の馬好きで、彼の領土は彼が馬の交配をさせて伸び伸びと育成できるためにあったようなものだ。
当然、馬のために尽くす人には金を惜しまなかったし、寝床がない者は屋敷に住まわせて馬の手入れをさせていたとか。
その熱意は凄まじく、それまで陸竜が主力であったリンドヴルム公国の騎兵の中に、ちらほらと馬が混じるようになったのは、このシモンの品種が優れていたためだ。
一方で上流階級からの風当たりもまた厳しく、革命前にはよく《養馬場の主にして馬の庇護者シモン・バドニー》などと揶揄されていた。
そんな将軍であるから、騎兵についてはかなりうるさく、時には冗談かと思えるほどの機動戦術を提案してくるものだから、サトルは少しばかり彼が苦手だ。
苦手といっても、決して嫌いなわけではないし、信頼していないわけでもない。
シモン・バドニーにも得手不得手があって、サトル自身にも得手不得手があり、不思議なことにこの二つは、うまい具合にかみ合うのだ。
「さきの戦いではわずか四〇騎の突入で、その二倍以上の兵士が死傷、兵たちに動揺が走りましたな。ウィクトリア議会長とサトル殿が敵頭目を仕留めねば、さらに損害は拡大しておったでしょう」
「……ベルツァールの騎兵があそこまで突進力があるとは、僕も本気で思っていなかった。あれは僕の失策だった。革命ではシモン将軍、あなたがいたから敵騎兵を気にせずに済んでいたということが、嫌というほどよく分かりましたよ」
「であれば結構ですな。己の功績を正しく評価されること以上に、名誉なことはありますまい。―――しかしサトル殿、ベルツァール騎兵はもっとも警戒せねばなりませぬぞ」
「それほどに、危険なんですか?」
「わが軍の構成として、銃剣付き銃兵を主力に、雑兵として民兵を多数伴い、少ないながらも砲兵もおります。が、素早く騎兵に対応する能力を民兵は持ち合わせておりませぬ」
「しかし、野戦砲の散弾などである程度は対応可能では? ……それでも、将軍は危険だと仰られるので?」
「ええ、ええ。それはもうとても危険ですな。その理由まで知っております故」
シモン・バドニー将軍は太い首を縦に振って、胸を張りながら言った。
「なにせ、我らとかの王国は長いこと蜜月の関係でありました故、このシモン・バドニーの養馬場から素晴らしい種を買い取っておるのです」
「…………馬を、軍馬の種を、輸出したんですか?」
「革命なぞ考えもしなかった頃にですがな。もう二〇年前くらいですが」
「……二〇年、前」
「さようですな。子も生まれて数も増えておりましょう」
「増える」
「種ですからな。優れた種は増やさねば」
それは胸を張るところなのだろうか、というか、それは遠隔的な利敵行為なのではないか。
だったら胸は張るべきじゃないんじゃないか、とサトルは思ったが口には出さない。
自信満々の中年の口を止める台詞がこれといって思い浮かばなかったのである。
「南部に売った覚えがありますな。目ざとい諸侯であれば、あれほどの種を放っておくわけがありませぬ」
「それじゃあ、シモン将軍」
「なんでしょうサトル殿」
「ベルツァール騎兵に対しての対抗策を、一緒に考えてくれないか?」
「ええ、ええ。このシモン・バドニーでよろしければ」
立派な口ひげを指で弄りながら、シモン将軍はにっかりと笑う。
笑っている場合じゃないんだけど、とサトルは思うのだが、この中年の笑顔には毒気が抜かれてしまう。
サトルはその笑顔を見て、決して穏便とはいえなかった革命を経ても、このシモン・バドニーはこんな笑顔を見せられるのだと、そう思ったのだった。
読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。
感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。
感想が増えても返信いたしますので、よろしくお願いいたします。




