第74話「思案と馬車旅」
爆睡しているニルベーヌを眺めるのにも飽きたオレは、座席に横になって考えにふける。
馬車は道を進み、道を歩く旅人や学者、冒険者や巡礼者など、たまに人が目に映る。
隊商の列などはさまざまな種族が相乗りしていたりするのに、こうして道を歩いていくのは人だけだ。
諸侯たちが自らの領地、荘園をどれだけ独自に運営していても、道だけはすべて王が所有している。
これらの道は魔法使いの国、レグス・マグナの時代にローマ帝国ばりのインフラ整備が行われ、それを魔法使いたちが維持している。
レグス・マグナの最大版図は、ベルツァール王国、そしてかのマルマラ帝国を合わせ、さらに東へ西へと拡張していたらしい。
その大国家が崩壊した後、この優れたインフラを現在に至るまで整備し、保持することができているのはベルツァール王国のみだ。
これは単純にベルツァール王国が魔法使い達をなんだかんだと言いながらも、きちんと仕事をさせ、王国の枠組みの中に取り入れているからだ。
土くれから生み出されるゴーレムを使っての土木工事とか、地味ながらも人力より効率がいいそうな。
そういうわけで、オレたちはその整備された道を馬車でなんの不自由もなく移動することができる。
酷い状態の道であれば、車輪が外れたり軸が折れたり、ぬかるみがあればはまったり、ほかにも色々あったりするものだろうが、そういうこともない。
山賊や野犬だとかに襲われたりする展開もあるかとハラハラしていたが、窓から見えるのは隊商の幌馬車でヴァイオリンみたいな楽器を弾きながら、歌を歌うファロイドやら、こちらの方を物珍しげな目で見る馬車の御者や、旅人たち。
歩いて往く者は杖をつき。
馬車で往く者は鞭を振るって。
それぞれが南へ北へ、道を往く。
―――いや、待てよ。
「こんだけ道が整備されてるってことは、その分だけ兵力や輸送の機動力も上がるよな」
前世の歴史において、リアルチート国家であるローマ帝国の東西分断、そして西ローマの滅亡から、欧州の道端事情はかなり世知辛くなっていく。
広大な国土と人員を動員することが出来、カエサルですら舌を巻いた野戦築城が大得意なローマ軍団はすでになく、ローマ帝国が汗水たらして整備した交通網は文字通りの手付かずになる。
もちろん、時代の流れにしたがって領主や国王やらがなんぞしたかもしれないが、それにしたってかつてのローマほどには届かない。
未整備のインフラはところどころで馬車の足を止め、ガタゴトと揺れたりするだけだが、その積み重ねによって無駄になる時間は洒落にならない。
壊れた馬車は道からどかさねばならず、酷使された馬や馬車は使い物にならなくなって手入れが必要になり、道を整備しようにも土木工事は時間がかかるときたもんだ。
これが軍、ひいては軍を支える補給線に常時影響を与えると考えれば、ベルツァール王国の利点は大きいと言える。
そして、これらの利点を最大限に生かす戦い方。
これからやって来る冬、つまり時間、それを利用できる戦い方。
とんでもなく卑劣な手段ではあるが、少なくとも時間稼ぎには使えそうな案が思いつく。
「………いや、これ多分、親方に嫌われちゃうよなぁ……」
溜息をつきながらも、それをやらないという考えは浮かんでこない。
補給線を移動する馬や馬車、敵がバカでないのなら、それにだって護送がついている。
数的不利の中、主戦線から離れた敵後方において、いったいなにができるのか。
いったいどのような戦いをし、兵力の機動をなしえるのか。
そして我が方の不利をどうやって覆し、戦力差を覆すのか。
―――言葉にするのは容易いが、いったいこれだけのことをこなそうとして、いったいどれだけの指揮官が無能と謗られたことか。
考えて、考えて、考え抜いて。
そのさきに待っている戦場で、取り返しのつかないことをしでかしてしまったら。
その時はオレだって、この世界の歴史のゴミ溜めにぶちこまれるかもしれないのだ。
不敗の将軍など、歴史上にはたしかにいるが、それも数多くはない。
それらの将軍はまるで部隊の配置を頭上からつぶさに観察しながら指揮をとっているかのような、そんな戦い方をしたりする。
オレにそれほどのことができるかどうかと言えば、できる気がしないのだが、やってみるしかないのだろう。
常識的にまとめあげ、それでいて機動を第一に。
どんな戦いにおいても、配置につけず、展開できぬ戦力に意味はない。
総合的な兵力数で劣っていても、戦場において実際に戦闘に参加する兵力数で上回れば、総合的な不利はなんとかできる。
「問題は相手だってそんなバカじゃねえだろうな、ってところなんだけど………あとは、詳しい情報仕入れてから考えっか」
頭の良い人は言いました。
考えがまとまらずにどうしようもないと思ったら、とりあえず寝ろと。
睡眠が許されないなら、とりあえず休んで落ち着けと。
さて、馬車はそんな物思いにふけるオレと、他の面々を乗せて順調に進んでいく。
隊商や旅人、巡礼者たちとともに川を渡り街を過ぎ、畑で作業する農民達を遠めに眺めながら、オレは馬車旅に意識を戻す。
仮眠から起きたガルバストロ卿に聞けば、タウリカから王都までおよそ四日、王都から南部の前線であるカリム城伯の治めるバローシュまでは十二日かかるらしい。
オレはそれを聞いて思わず、ワープ魔法があればなぁ、とぼやいていたのだった。
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