第73話「諸侯について」
紙束に書かれていたのは、ベルツァール王国に領土を持つ諸侯達の名簿のようなものだ。
区分としてベルツァール王国の北部、南部、西部、王都バンフレートを中心とした王室領邦、そしてほぼ未開の東部。
北部諸侯は統括役ノールラント侯爵家のグスタフ三世を中心として、ノヴゴールとの交易などを保護している。
西部諸侯は復興後のごたごたと、エルフと半獣人の領土紛争にノヴゴールでの反乱、ベルツァール王室の空位時代を経て自治権を拡大。
今では複数の都市国家としてほぼ独立状態にあるが、聖王アルフレートの血縁は大事にしたいらしく、現在でもその王冠の庇護下に治まっている。
というのも、西部は海に面していて交易相手としてのベルツァール王国は良い商売相手であり、この商売相手から離れるわけにもいかないという現実的問題から、っぽいのだが。
なので、神聖十字教会のトリーツ大司教兼選帝侯であるオットー四世という老人がトリーツ大司教国を治め、西部と王室領邦とのパイプを担っている。
どの国も小粒ではあるものの、ベルツァールほど種族が入り乱れていないこともあって安定しており、ガルバストロ卿の注意書きにはそれぞれの国がどの強みを持っているかが書き込まれている。
そういったこともあいまって、王国が本気でヤバイ時はこれら西部の都市国家連合にも出兵を請う―――のだが、それを受諾するかはやっぱり相手次第だそうな。
そして、王都バンフレートを中心とした王室領邦。
これは若干経緯と中身が複雑で、どうもベルツァール王室の所有する領地、国王直轄地域と、神聖十字教会が所有する巡礼教区と呼ばれる土地が統合されて出来上がっている、らしい。
らしいというのは、この王室領邦においても僅かながら領地を保有している諸侯が四人いるからだ。
その内、三人はパラディン伯という同名の爵位を与えられている。
パラディンというのは、文字通りあのパラディンのことで、聖王アルフレートが設けた王室近衛騎士に与えられる爵位なんだそうな。
現在その地位にいるのは人間のロンスン・ボーン、ドワーフのヘレン・ロウワラ、ケットシーのケルケット・カルカットの三人だ。
そして最後の一人が、目の前で寝ているニルベーヌ・ガルバストロ宮中伯、王の補佐役にして大臣で、この国を取り仕切ってる苦労人である。
パラディン伯が三名、そして宮中伯が一人、さらには教会もあわせて、それらをすべて統括し、束ねているのが、ベルツァール王室の現国王、ジグスムント四世。
国王を頂点とした王室領邦が、東西南北、そしてノヴゴールを統括する諸侯たちの上に座し、国王は下々をその庇護しているのだ。
東西南北といっても、東部には諸侯はいない。
これはエルフと半獣人の領土紛争が、この東部で発生し、その際の戦いで諸侯たちは滅亡するか、財産のほとんどを失った。
ノヴゴールの反乱とあわさったこの五年戦争が終結すると、生き残った東部諸侯は揃ってノヴゴールに植民したため、東部は現在も復興は進まず未開のままだ。
とはいっても、一応貿易用のインフラは整備されているし、商人たちは逞しくもエルフと半獣人の間を取り持っていくつか隊商都市があるらしい。
商人は逞しいが、さすがにエルフと半獣人の険悪な関係を修繕することはできないようで、今でも小競り合いがあちこちで起きている。
もちろん、そうした小競り合いも含めて統治するべき諸侯はもういないので、ほとんどが野放しか、ガルバストロ卿のデスク行きになる。
―――さて、ここまではいい。
最後、オレたちの目的地である南部諸侯たちは、これも少しばかり複雑だ。
北部と違い南部はリンドヴルム公国と、ベルツァール王国に挟まれ、その交易路として長く蜜月の関係にあった。
五年戦争の戦災を被ることなく、逆に南部は出兵した北部と王都へ食料や資源を供与して、発言力とその独立性を高めていった。
そしてそれが決定的になるのは、ベルツァール王室の空位時代。
練金王、ジグスムント三世がわずか二七歳で没し、次期国王の選定を巡る政治的混乱期。
わずか一年、されど一年、西部諸侯が王国から離れ、南部諸侯たちは隣国であるリンドブルム公国との関係をさらに深める。
その運動を主導していたのが、南部諸侯を統括するトリトラン伯爵家。
初代トリトラン伯爵からこのかた、トリトラン伯爵を継ぐ者はなかなかどうして政治的駆け引きに長けているらしい。
ガルバストロ卿が王の補佐としてズタボロになった国の修復と並行し、そんな輩にお目付け役を設けたかったのも頷ける。
だが、それがさらに事態をややこしくしていった。
しばらくしてガルバストロ卿は、現国王の長子に南部諸侯を統治すべしと、サーラット公爵という爵位を新設し、彼を南部へ送り土地を与えたのだ。
これによって王国と南部諸侯たちの不和は決定的なものになった上、ただでさえこうした駆け引きが得意なトリトラン伯爵の動きもあり、サーラット公爵もお題目だけの名ばかり統治者となってしまう。
そんな状態で起こったのが、リンドヴルム公国での【革命】だったのだ。
結果はガルバストロが語ったとおり、南部諸侯連合の敗退、そしてリンドヴルム公と家族らの処刑。
おまけのこの敗退では南部諸侯を取り纏めていたトリトラン伯爵、マッカネル・トリトランが戦死。
大黒柱を失った上に、トリトラン伯爵はマッカネルの長子、まだ二十歳そこそこのローベックに継がれたことで、南部諸侯連合の方針が定まらなくなる。
そうこうしている内に【革命】から逃れようと着の身着のまま難民達が南部へ押し寄せ、ただでさえ疲弊した南部にさらに負担が積みあがる。
おまけに難民だけでなく、南部諸侯連合が各々雇い入れた傭兵があちこちに散らばってしまって山賊染みたことまでしていたのだとか。
していた、と過去形なのは、それをなんとかした奴がいたってことだ。
各地で山賊になっていた傭兵連中を取り纏めたのは、名ばかり統治者であるはずのサーラット公爵、国王ジグスムント四世の長子、ミハイ。
ローベックと年齢的に変わらないはずなのだが、ミハイはこうした傭兵連中を雇い入れ、自らの領地で訓練している、らしい。
らしいというのは、ミハイがそのことをなぜかガルバストロ卿に隠したがっていること。
そして南部諸侯連合の崩壊の危機であった、リンド連合の越境とその後の戦いのあとも、その傭兵連中を出兵させた形跡どころか、その素振りも見せていない。
王位簒奪の可能性があるかといわれれば、そもそも現王の長子で王位継承権第一位なのだから、そんなことをする必要性がない。
「………キナ臭いなぁ。おまけに、良い情報がびっくりするくらいないな」
リンドヴルム公国の継承権は、リンドヴルム公爵家の断絶によって消失。
公国内の貴族も革命時に多数が粛清され、公爵家と繋がりのある家系にかんしては生存が確認できていない、と。
こうなると戦後処理がかなり面倒で、リンド連合を打ち破れたとしても、妥協案が導き出せなくなる。
「戦って勝利して、どうにか革命した連中を追い出せても、後釜がないんじゃ意味がない……無政府状態じゃ難民の流入は止まらないし、統治者がいなけりゃ土地もインフラも荒廃する……」
そうなってしまえば、治安どころの話ではない。
戦って勝つ、しかし、その後はどうなるのか。
ある程度、あれこれと腹案を用意しておいたほうがいいのかもしれない。
それを一人でやり遂げるなんてことは、規模の大きさからいってまず不可能なのだろうが。
こちらにはニルベーヌという大きな味方がいるし、それくらいはやってもらわないとこちらも困る。
戦うだけでは得られないものも、戦争にはあるのだから。
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