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第70話「銀の縁は切れぬ」

 結局、遅れに遅れてアイフェルの蹄鉄屋に辿り着いた頃には、夕日がほとんど墜ちかかっていた。

 晩飯は晩飯で食べようかと考えていたにも関わらず、結局エールを四杯ひっかけ、軽食まで食べるはめになった。

 少しばかりポカポカするほろ酔い心地で、杖をつきながらようやくアイフェルの蹄鉄屋まで来ると、ちょうどアイフェルが炉の火を落としているところだった。


 ルールーは炉のすぐ傍で椅子に座っていて、オレが来るのを見ると露骨にむすっとした顔をして、ぷいっとそっぽを向いた。

 たしかに日が落ちる前に廃教会の住処に帰るって言ったのはオレであって、今の夕日の位置だとそれを達成するのは不可能だと誰にだって分かる。

 機嫌を損ねた姉のような同居人の隣に椅子を置いて、オレはそこに座って一息ついた。



「……身体の調子は?」



 金槌と火鉢を片付けながら、アイフェルがいつもの無愛想な顔で聞いてくる。

 そんな無愛想さも生死の境を彷徨った身としては、とても懐かしいものに思えてしまうから不思議なものだ。

 自然とにやつく顔を見られたくなかったので、オレは顔を伏して杖を見ながら喉から声を引っ張り出した。



「ぁー……まあまあ。杖があるお陰で、大分楽ではあるかな。杖ありがとうな、親方」


「ん」


「それとほら。還り石。……石を主のもとへ還せ、ってな」



 オレはドワーフの還り石が入った布袋をアイフェルに投げ渡す。

 布袋を受け取ったアイフェルは袋を開けて、還り石が入っていることを確認すると、少しばかり表情を変えた。

 アイフェルの表情の変化は小さすぎて長く付き合っていないと分からないが、今のは笑ったようだった。



「それ、どこかの本の受け売り?」


「地底文字……え、もしかして違った? 実際はなんて書いてあったの?」


「ロウワラはその決まり文句とは違う。ロウワラの還り石には、別の言葉が掘り込まれてる」



 皮の手袋をしまって、アイフェルは還り石の表面を撫でながら続ける。



「ロウワラでは還り石にはこう刻む。―――『暗き世にても銀のよすがは切れぬ、家族よ』って」


「……暗き世って」


「あの化け物が言っていたのとは関係ない。わたしたちは、なによりも家族を大事にしてる。その表現」


「ドワーフだもんな」


「コウだってそう。ドワーフらしくないけど」


「ははは。たしかに」


「男なのに髭の一つもない。剃ってる」


「身だしなみの問題だな。オレは髭生やしたくない派」


「だから、髭なしの、なんて呼ばれる」


「いいじゃんか。あれはあれで気に入ってるぜ」


「そ」


「おうよ」



 仕事道具をしまい終えて、アイフェルはオレを見る。

 相変わらず表情の読みづらい背の低い親方ドワーフだが、今日は少しばかり表情が柔らかいように感じた。

 まあ、隣の椅子に座っているルールーはほっぺたを膨らませてじと目でこっちを睨んでいるんだが。

 機嫌を損ねたルールーをどう扱うかを心得ているオレとアイフェルは、そんな彼女を無視して話を続けた。



「……王都のバンフレートに寄るんでしょ?」


「みたいだな。王都バンフレートに寄って、そっから南部に行くって予定……らしい」


「そ。ならわたしも行く。ガルバストロ卿に着いて行くんでしょ?」


「そうなる予定だろうな。こっちは手持ちのロバもない。罪人みたいに縄で引き摺りまわされるってんなら別だけど」


「見てるだけならおもしろそう。ガルバストロ卿の馬車は複数台だったから、余計に乗っても大丈夫なはず」


「まあ、オレからも頼んでみるよ。なに言われるか分からないけど」


「大丈夫。わたし、パラディン伯の一人が友人。ツテがある」


「あー、それなら大丈夫、かな?」


「ん。準備はしておく」


「おっけ。頼むわ。……ルールーは機嫌直してくれよ。晩飯きっちり作るからさ」


「ルールー。明日から大変なんだから、機嫌くらい直して」



 むぅ、とほっぺたを膨らませていじけはじめたルールーに、オレとアイフェルは苦笑しながら声をかける。

 


「機嫌くらいってひどいじゃないですか。もう日だってほとんど落ちてるんですよ?」


「冒険者どもの晩餐に巻き込まれちまったから遅れたんだよ。まあなんだ、オレはもう軽く食ったから、親方も今から飯どうだ?」


「ん。そこのいじけた女魔法使いが機嫌直したら行く」


「だってよ、ルールー」


「そ、それってズルくないですか!?」



 むむむぅ、とさっきとは違った唸り声をあげるルールーの背中を、オレとアイフェルはくすりと笑いながら軽く叩く。

 ルールーが言ったように、日が落ちてきた。

 夕日と呼ぶにはもう弱弱しく、かといって、夜というにはまだ闇が薄い。


 時間の流れは止まらず、止まってほしいと思っても、そんな小言を無視して進んでいく。

 こっからどう流れて彷徨って、オレはいったいどこに行くのだろうかと、そんな考えが晩飯の仮献立と一緒に浮かんできた。

 そんなことは分からない、とオレは自分自身に言ってみせ、仮献立の頭から仮の字を外して今晩の晩飯として確定する。


 アイフェルが古い蹄鉄を整理する傍ら、オレは杖の表面を撫でてルールーが次の言葉を吐き出すのを待つ。

 そうして、アイフェルが蹄鉄に加工する鉄の棒を金庫にしまって鍵をかける辺りになってようやく、女魔法使いは折れた。

  観念したルールーは、



「分かりましたよもうっ!」



 と、やけくそ気味に言って、オレのタウリカでの最後の晩飯は、三人で取ることが決定したのだった。

 


読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。


感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。


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