第69話「杯を掲げよ」
ろくでなしどもが喪に服しているだろうと思っていても、ろくでなしというのはろくでもない喪に服す伝統があるらしい。
杖をつきながら道を渡り、見慣れた顔から死人が歩いているだとか、三本足の幽霊だとか散々ジョークを言われながら《彷徨い猫の囁き亭》まで辿り着いたオレを待っていたのは、そうしたろくでなしの騒乱だった。
扉を開ける前からどんちゃんと騒がしかったので嫌な予感はしていたのだが、扉を開けて入ってみれば、案の定、酒臭い。
「おうおう、髭なしドワーフさまのご来店だあああ! お連れしろ野郎ども!」
「「「合点!!」」」
「ぇ」
酒臭さに怯んだ瞬間、首根っこを引っつかまれる。
あっという間に両足が地面から離れ、冒険者というアウトサイダーどもにあれよあれよと運び込まれ、気がつけば椅子に座らされ、視界に映るのは酔っ払いどもの顔ばかり。
テーブルには頼んでもいないのにエールが置かれ、ついでに誰の食ったもんだかも分からぬ肉料理やらが皿の上で無残な姿を晒しており、蛮人とはこのことかと少し思った。
とはいえ、テーブルの上を見ればなにかしらの儀式的なものが催されていたのはたしかなようだった。
テーブルの上には古びた丸盾が置かれていて、その上に冒険者の識別票が何枚か載せられている。
ファロイドのオカリナが狂ったように音楽を奏で、無駄に鍛えられた冒険者どもがガンガンと足踏みしてリズムを取る中、顔を真っ赤にしたエアメルがひょいっとテーブルに飛び乗った。
飛び乗った勢いでエールの入ったカップが数個床へ自由落下し落着したが、酔っ払いどもにそんな物理法則とかは通用しない。
なにがなにやらといった感じのこちらを置き去りにして、ファロイドのオカリナと足踏みが次第に整ったリズムを刻み、滅茶苦茶だった喧騒が一つ繋がりの歌詞に変化する。
やたらと明るい曲調で、だれもがハイタッチしながら抱き合って踊り出しそうな音楽の中、男女も種族も関係なしに、歌声が響き渡る。
ガンガンと足踏みが机を揺らせば、酒杯をガンガン叩きつけ、酒塗れになったバカどもが楽しそうに歌いやがる。
何度も何度も同じ歌詞を繰り返しながら、くるっと回って踊りなんだかも分からぬ騒ぎで、オレも苦笑しながら杖をカンカンと叩いてリズムを取る。
エールを一杯ひっかけながら歌詞を覚えるくらいになると、丸盾の上に載せられた認識票はすべてこの前の戦闘で死んだ冒険者たちのものだということにも、当然気付いた。
受付のカウンターの一つが閉まると同時に、ポニーテールの受付嬢がリュートを片手に演奏に参加し、二階からぞろぞろとファロイドの連中が楽器を持って降りてくる。
それぞれが得意の楽器で即興でメロディーを奏でて、酔っ払いどもやらが音程もくそもない声を張り上げて笑顔で歌う。
肩を組んで笑いあって、リズムをとって、名前も知らない歌を歌うのだ。
お前を盾の上には載せないが
よしみだ泣いて叫んでやろう
さあさ酒だリズムをとれよ
ばーんと壊してどかっと転んで
くるっと回ってばーって飲んで
そいつがこいつの葬式さ
そうして、歌を歌って酒を飲んで、オレとエアメルは顔を合わせて互いに苦笑する。
歌詞はちゃかしているように聞こえるし、旋律だって葬式やらで流すには明るすぎる。
とはいえ、そんな明るい葬送の伝統が冒険者にはあるらしい。
オレはカップを掲げ、エアメルに隣に座るように促しながら丸盾の上に載った認識票を眺める。
そうか、とオレはなんとも不確かな居心地の悪さを感じながらも、隣に座ったエアメルに肩をベシベシとぶったたかれる。
ほかの冒険者たちもにやにや笑いながらオレの肩や背中をぶっ叩きながら口々に、
「三本足になって蘇ったな髭なし!」
「死人が歩いて酒飲むとか、世も末だな」
「そんなことより粥が食いたい」
と、適当なことを言っている。
なんとはいっても戦いを共にした仲なので、そんなバカらしいところも微笑ましいのだが。
オレは苦笑いを浮かべながらエールを一口飲み、少しばかり黙るように冒険者どもにお願いして、酔っ払いがある程度静かになったのを見計らって、
「はい、お前らが黙るまでオレはエールを一杯飲み終えました!」
どこぞの校長のように騒音発生源を指差して批難しつつ、罵声が飛んでくる前にエアメルに話を振る。
「……んでまず第一に、報酬はきっちり支払われたことを確認しておきてえんだけど」
「ほっほっほ。なんじゃい髭なしの、おんしはどこまでも抜け目ないな。報酬はしっかりと支払われておるから安心せい」
「おっけ。それが確認できたらオレは安心だ。……死んだ連中は、もう埋葬されたのか?」
「んむ、棺桶に積めて三日、ここに置いておったんじゃがな。四日目に教会の坊さんが来て、今頃は墓でぐっすりじゃわい」
「それで……」
「冒険者にゃ冒険者なりの看取り方、送り方ってものがあっての。これが冒険者なりの葬送の仕方じゃな」
ほっほっほ、とエアメルが声を上げながら笑って、くしゃっと顔を歪める。
涙が出そうなのをなんとか堪えているような顔で、それがなんだか少しばかり寂しそうに見えた。
そんな顔のまま、エアメルはエールの注がれた杯を煽って、酒臭い息と共に声を吐き出す。
「ふぅ……ま、一度しか出来んお別れじゃからな。あっしらのような冒険者なりの、死の受け入れ方ってやつじゃのう」
「そっか。……あんがとなエアメル、あとこの前の戦いで逃げずに戦ってくれた、ほかの冒険者たちも」
「金づるも無事で髭なしのも生きとるんじゃから、まあ万々歳とは言えんが、上出来じゃな」
違えねえ、そうだそうだ、と声が上がる。
オレはそんな声に対しても、苦笑を浮かべるしかできなかった。
オレがもっと上手に指揮していたら、この丸盾の上に載っている識別票は、なかったのかもしれないと、そう思えてしまう。
それがずるずると頭の後ろ側を引っ張っていて、考えが後ろ向きになって気分も沈みそうになる。
でも、それじゃだめなんだとオレは知っている。
それではいけないのだと、なんなら、目の前で歌って騒いでいる冒険者たちが示してくれている。
死は避けられない。
生きているならいずれ死に、オレだってエアメルだって、いつかみんな死ぬ時が来る。
オレたちに出来るのは、どうやってその死を受け入れるか、どうやって他人の死を送ってやるか、―――それくらいだ。
葬式というのはそのためにあるし、葬送というのもそのためにある。
明るく見取って送り出すというのなら、郷に入っては郷に従え、オレもそれを信じて、死を受け入れて送り出してやろう。
中途半端に残ったエールのカップをぐいっと煽り、むかむかとした感情をエールとともに流し込み、オレはぽつりと呟く。
「………じゃあ、オレはなんの心配もせずに王都に行けるってわけだな」
「髭なしのは王都に用事が出来たんか」
「ちょっち問題があってな。王都に行ってそのまま南部直行予定だぜ?」
「ほーぅ……南部か。となるとバートン男爵の領地に立ち寄れるかもしれぬな。あっしも着いて行っても構わんか、髭なしの?」
「オレは良いけど、オレより偉い奴が許可出すかってとこだな。エアメルのがあっちこっちに縁ありそうだし」
「伊達に長生きしとらんわい。んでは、よっこらせっと……」
「おっとっと」
ふらふらっとした挙動で、再びテーブルの上に立ち、片手にカップを掲げた老いぼれファロイドはいつだかのように演説ぶって話し始めた。
我々冒険者のとある冒険が一つ終わり、ここに髭なしのドワーフが北方の地より出でて、遥か南方へと旅立つのである、と。
そりゃあもう、酔っ払いが酔っ払いたちに偉そうに言うのだから、面白くないわけがないのだ。
皆の衆、杯を掲げよと、エアメルがテーブルの上で跳ね回る。
そうして老いぼれファロイドの声が響く。
我ら北方の冒険者どもから、髭なしのドワーフに。
次の冒険が幸多からんことを、と。
そんな言葉を受け、視線を受け、オレは顔が赤くなるのを自覚しながら、消え入るような声で言ったのだ。
ありがとう、どういたしましてと、なんとも月並みな言葉を。
でもまあ、月並みな言葉が一番良いこともあるだろうさと、言葉選びを批判してくる自分に言い訳しながら。
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