第68話「なでなで」
ルールー・オー・サームの頭を撫でていると、不思議と心が落ち着いていくのが分かる。
この生活能力皆無の女魔法使いと共同生活を送り、世話までしてやっているので、もはやこの黒髪隻眼スレンダーお姉さんにどぎまぎすることはほとんどない。
なんか綺麗だけどやたら説教するように鳴いてくる猫が、魔力とローブとか一式セットで女体化したらこんなんだろうな、とさえ思う。
そんなルールーが本気でビクビクしていたのだから、それだけの責任がオレに降りかかってきているのだ、と考えるしかない。
具体的は話のまとめや軍の編成、総数、そして指揮系統の決定や作戦立案などはまだまだ先の話だが、オレはそれをやらねばならない。
控えめに言って大出世だ、実際のところは戦死による二階級特進を遥かに上回る、意味不明の謎人事による大々出世だ。
責任が積み重なっていく一方で、オレは同時に然るべき給金がもたらされることを祈らずにはいられない。
オレは今、目の前で、過緊張から解放されてふにゃふにゃになっている女魔法使いとのんびり生活してるだけで、わりと満足していた貧乏思考の持ち主なのだ。
革命だとか反政府運動とか、そんなエネルギーを喰うような活動とか、向いてないというか、面倒くさくてやりたくもない。
現状を構築している制度を否定して、それを新たに再構築する、あるいは一から創造するなど、いったいどれだけの時間と労力がかかることやら。
それを内側から変えていくともなれば、もっと面倒で時間がかかるし、労力も忍耐も必要になる。
ニルベーヌ・ガルバストロという男が、そういう道を分かっていて選んでいるのは明白で、それだけでご苦労様ですと言いたくなる。
「責任ってのは口に出る時よりも、降りかかってきたときの方が重いもんだなぁ……」
「え、あの、コウは重責に耐えられなくなって夜逃げとか考えるタイプだったんですか?」
「今の台詞でどうしてそういう反応になるんですかねルールーさん。逃げねえよ、つか逃げても追われて尻尾きりに使われる流れでしょこれ」
「……ガルバストロ卿ならやりかねませんね」
「さらっと怖いこと言うね!?」
「じ、事実なんですからしかたないじゃないですか! コウはガルバストロ卿の怖さをもっと知るべきですよ! 私だって強気になれるのはガルバストロ卿に明確な否がある時だけですからね!?」
「むしろさっきのびびりっぷりを見ていた身としては、ルールーがガルバストロ卿に強気に出る瞬間があるのが驚きだよ!」
「私だって自分が正しいときは強気になれますよ! コウに説教してるときとか!」
「………あ、あのノリか。理解できたわ」
「……その言い方、なんだか釈然としないんですけども」
「釈然としてもしなくても、オレは《彷徨い猫の囁き亭》に行って、そっから蹄鉄屋行ってくるけどな」
「むむむ……それなら私は最初に蹄鉄屋に行って、アイフェルと喋ってます」
むぅ、と頬を膨らませながらそう言うルールーがかわいい。
《彷徨い猫の囁き亭》に行かないのは、ファロイドがよく吸ってるパイプ草の匂いが苦手だからだろう。
ルールーとアイフェルの二人でガールズトークとかいかないだろうが、どこかでぶらぶらしているよりはマシかもしれない。
「それじゃ、お別れがすんだらそっちに行って、……この杖のこととか、ありがとうって言わなきゃな」
「そうですね。日が落ちる前には帰って来ましょうね。明日はきっと早いでしょうから」
「あー、だな。アイフェルには還り石も返さないと」
「コウってば、アイフェルからそんなものまで貰っていたんですか?」
「ん? ああ、スクルジオと戦うってことになって、その後に貰ってたんだよ」
「そうでしたか、アイフェルも存外隅に置けませんねぇ」
あらあらまあまあ、と他人の恋模様を楽しむ女の表情をするルールーだが、オレは即座にそれを否定する。
「……いや、そういうんじゃねえだろ。親方がオレに惚れるとかあるわけねえって」
種族的にはドワーフであっても、オレは鍛冶やら採掘の基礎知識すらないのである。
おまけにこっちじゃ家族もいなければ、ドワーフにとってかけがえのない、産まれ故郷の山すら分からない。
文字通りどこの馬とも知らぬぺんぺん草である。
おまけにアイフェルにはあれやこれやとのほとんどを製図をやってもらって、ミレアとの戦いでも頼りにしちまってる。
オレはアイフェルの親方にずっとずっと頼りっぱなしで、こっちからなにかをまともに返せてすらいないのだ。
貰ってばっかりで、なんか返せたらいいなと日頃働いてたけど、結局サプライズはなにも出来てない。
ルールーの頭から手を離して、オレは杖をついて立ち上がる。
日が落ちるまでまだ時間はあるだろうが、何度も言うがここは現代ではない。
日が落ちたらほとんどの人はご就寝し、日が昇るあたりに起床する。
夜更かし上等寝不足常態の現代生活基準で考えると、共同生活者から苦言をぐちぐちと漏らされるはめになる。
オレの場合はルールー・オー・サームという共同生活者がいて、生活習慣について結構な小言を言われているのだが。
郷に入っては郷に従えということで、オレも気をつけて来てはいるのだ。
「そんじゃ、オレ行ってくるわ。アイフェルによろしく言っといて」
「はい、分かりました。行ってらっしゃい」
「じゃ、また後で」
カツ、カツ、カツ、と杖をつきながら、オレは一度部屋に戻って必要なものを引っ張り出す。
それらをベルトに括りつけた腰の袋にまとめて入れて、カツカツカツと杖を鳴らしながら階段を上がる。
前へと進んでいくというのに、オレは大出世への不安と期待と、今までの何気ない平和な暮らしへの心残りが、じわじわと胸に湧き上がってきていた。
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