第67話「乗った船」
前世知識チート。
異世界転生ならば誰もが夢見てうはうはする、禁断の果実である。
誰もが農業革命とかで飢餓をなくしたいし、非効率と理不尽をなくしたい。
そうして国家、あるいは団体が強力になることに喜びを見出し、幸せと強さを手に入れていく。
それは長期的に見てたしかに良いことだと、オレだって思うし、オレだってしたいと欲求はある。
でも、それがオレ独りでどうにかできるっていうほど、高慢でも自信家でもない。
農業産出の革命に釣り合った保存技術や、販売するにしても行路やツテがあるのだろうか。
人口増加によって引き起こされるであろう衛生環境問題や教育機関の存在は、誰が管理するのか。
肥大化する組織、団体を管理して運営していくコストとリスクのコントロールは、誰がするのか。
オレはそういったことばかりを考えて、怖くて、面倒くさそうで、やめたのだ。
だから趣味のままにぼんやりと生きていこうと思っていたし、やれる範囲、コントロールできる範囲での細々としたことを望んでいたのだ。
ホイールロック、ライフリング、それに他の知識がいくつか。
ホイールロックを選んだのは、構造が複雑で量産にも白兵戦にも適さないからだ。
ライフリングはそもそも公式自体を暗記していなかったから、オレとアイフェルのライフリングの計算ではまだ精度が甘いフシがある。
それらを選んだのは単に、―――近代化することの本質を避けるためだっていうのに。
「……くそ、季節的にはまだ秋だろ?」
「なんだ、乗り気じゃないか」
「乗せといて言うんじゃねえよ」
「切符を持ってきたのはそっちだがな」
「不正切符だって言って突っ返せよ、ったく……」
はあ、と溜息をつきながら、オレは頭の中でごった煮になっている情報を整理しようと、それを口に出していく。
「収穫季に入って農家が忙しい時期だ。あと二ヶ月ちょいで竜眠季になる。冬になるってのに国境越えしてきた意図は分かるか?」
「恐喝、威圧、示威行為だろうというのが私の見解だ。―――地図にあるとおり、リンド連合側から軍を伴って越境する場合、ルートはここしかない」
「……山と山に挟まれた平地か。ここの間は何キロメートルあるんだ?」
「一番細いところで直線で二〇キロメートル、あるかないかといったところだな。両側が山岳となっているため、兵力数の劣勢が誤魔化せんのだ」
ガルバストロ卿は地図の上で山と山に挟まれた、平地を指先でこつこつと叩きながら言う。
それぞれの山にはきちんと標高が表記されていて、どちらも二〇〇〇メートルを超えている。
さらにはこの平地を除けば、ベルツァール王国とリンド連合の国境線は湖や森林、山岳といった自然の要害がずらっと並んでいる。
ただ進むだけでも厄介そうな地形だというのに、こんなところに好き好んで軍を送る奴はいない。
歴史上の名将は時としてこういった地形を突破し、敵の意表をつくことによって成功することもあるが、成し遂げられずに終わった将軍たちの話は伝わっていない。
成功の歴史の一方で、では失敗の歴史はどうだったのかというところを参照することによって、戦術的正確さというのは自然と身につく―――はずだ。
「冬のことを頭に入れて考えているってなら、あと2ヶ月暴れて帰っていくだろうが……、こっちとしてはそれをただ見てるだけには出来ないな……、無抵抗、あるいは負けっぱなしは避けたいが」
「敵は大軍だ。こちらの数倍の戦力がある。……なにか名案が浮かぶか?」
「………名案とは言えない凡案だけど、それを実際に実践できるかは別だな」
「浮かんだのなら、私がお前を選んだ甲斐があるというものだ」
不敵な笑みを浮かべながら、ガルバストロ卿は立ち上がる。
エルフというのは立ち姿もさまになるな、とオレは素直に思い、ドワーフの感じるエルフへの敵意の一端を感じたような気がした。
こいつらなにをしてもさまになるのはズルい。
「荷物の整理と挨拶回りでもすると良い。明日には王都バンフレートに向け出発する」
「お、おう……。そっちはどこでなにするんだ?」
「私は辺境伯邸にて話を聞く。これからの策についても話し合う必要があるからな」
「了解、話し合いの続きは明日以降にだな……」
「急いでも距離は変わらん。胃が痛むのを自覚しながら、地道にいくしかあるまい」
肩を竦めながらガルバストロ卿は扉まで歩いていき、最後にルールーを見ながら言った。
「ともあれ、ルールー・オー・サーム。違反は違反だ。王都バンフレートでの聴取は回避できんから覚悟しておくように」
「は、はい……」
バタン、と扉が閉められると、しょんぼりしているルールーとオレだけが部屋に残された。
一時間以上の説教から国の情勢説明、そして事実上の軍師へのスカウトがなされ、すっかり尻が椅子に張り付いてしまっていた。
もう立ち上がるのも面倒くさくて、かなりの疲労を感じながら、オレはしょんぼりしているルールーの頭を特になにも考えずに撫でてやったのだった。
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