第66話「適任」
たしかに責任を取るとオレは言ったのだよなぁ、と頭のどこかが野次馬のようにうそぶいている。
頭の中に天使と悪魔が存在する構図はアニメとかでよく見てきたのだが、一般通過の野次馬までいるとは思わなかった。
隣のルールーがそわそわし始めたのを無視しながら、オレは目の前で不敵な笑みを浮かべるガルバストロ卿を見る。
冗談を言っているような顔ではない。
今日が前世における四月一日のような日でもなければ、心労からガルバストロ卿がしめやかに発狂したわけでもなさそうだった。
そうなれば、―――と、オレは先程まで確認してきた状況を思い出して、頭を抱える。
前線戦力一万(推定)対四万。
さらに言えば敵の動員数は最低でも二十万。
そしてそれが事実なら、敵はこちらよりも優れた官僚組織か、あるいは有能な組織者がいるに違いない。
であるならば、これはベルツァール王国とリンド連合の戦力差だけではない。
これだけの動員が可能ということは、リンド連合は中央集権に成功していると考えるしかない。
それも絶対王政による中央集権ではなく、革命による国民国家による中央集権化か。
「契約の結びつきの封建国家が、曲がりなりにも中央集権の国民国家を相手にするのか……?」
「するのではない。すでにしている。宣戦布告などはないが、そもそもリンド連合とは正式な国交すら結んでいないため、事態を鑑みるに我が国は目下、戦争中ということになる」
「……宣戦布告が規定化されたのって意外と遅いんだっけ」
「条文化されたのは一九〇七年だな。……前世の知識か、懐かしいな」
「こ、ここは先任エルフの前世知識チート発動でなんとかなりませんかね?」
「はははっ……」
死んだ魚の目になりながらガルバストロ卿が乾いた笑いを漏らせば、隣のルールーがビクッと座ったまま跳ね上がった。
猫かなんかの遺伝子でも入っているのかだから昼寝ばっかしてるのか寝子だけに、とオレが思っていると、ガルバストロ卿が拳を振り上げる。
エルフの本気の拳骨とか喰らったら死ぬのではないかと戦慄するこちらを尻目に、ガルバストロ卿は机をドンッと叩きながら声を張り上げた。
「そんなんでどうにかなるならなぁ! お前の見舞いなどせずに! 私は王都でフィクサー気取りに腕を組んで踏ん反りかえってんだよ!!」
このエルフ、キレっキレである。
ぜえぜえと息を切らしながら胃の辺りをしきりに摩るガルバストロ卿は、溜息を一つ置いてから再び口を開いた。
さすがにキレてしまった後のためか、声には疲労感が滲み出ている。
「……お前は化け物を前にしても、恐怖で自失することなく声を張り上げ、指揮を取っていたそうじゃないか」
「あ、ああ……あれで良かったのか、今でも分からないけど……雇ったのはオレだし、だからまあ、オレとしては雇い主として筋を通した、って感じなんだけど……」
「そしてお前は私に言っていたよな。歴史と戦史の研究がしたいと。つまりお前は軍事史についての造詣が深いわけだ。なにせ、我が国の状況を説明して対仏大同盟なんてぽっと出てくるくらいだものな」
「……そ、それは」
「条約関係の質問も聞き方はともかくとして、筋は良い。知的好奇心の高さはお前がこちらに来てから、ルールーからの手紙で知っている。知識はあるが技術はないから他人に頼るという合理性もある。さらに言えばパトロンの付け方も上手かったな、今回の騒動さえなければ火縄銃士組合と蜜月の関係を築けたことだろう」
「………」
「さて、つまりお前は着眼点も良い訳だ、髭のないドワーフのコウ。私がなにを言いたいか分かるか?」
分からない、という言葉は出てこない。
ガルバストロ卿はなにも気紛れややけっぱちでオレを選んだわけではない、と言っているのだ。
あのミレアとの戦いの状況を知っているということは、タウリカに来る道中でスクルジオや騎兵達から状況を聴取しているのだろう。
そこでなにが言われたのかは分からないが、ガルバストロ卿の言葉からすれば少なくとも悪い評価ではなかったらしい。
その上で説教からの状況説明に対する反応と、さらに遡ってオレがこの世界に来てからの出来事まで把握している、と。
それらを承知の上で、こうしてここまでやって来ているということは。
「………オレ以外に適任が、現在存在しない、ってことか?」
「惜しいな。たしかに適任がお前以外に存在しないのは事実だが、私が言いたいのはこういうことだ」
目つきの悪いイケメンが不敵な笑みを浮かべると、滅茶苦茶悪巧みしてそうな顔になるのだなと思いながら、オレは半ばその責を受け入れながら、ガルバストロ卿の言葉を聞いた。
「お前のやれる前世知識チートを、今こそ発動させる時だろう。髭のないドワーフよ」
いやいや、とオレは溜息を吐きたいのを堪えながら思ったのだった。
チート無しの無能力者が、独力でチートしているようにしなければならないのは、一周回ってチートだろうなと。
とはいえそれは、とんでもない苦労と心労と、度重なる思案の先にあるのだろうな、と。
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